頭には、ついさっき見た映画のワンシーンが浮かぶ。別れ際に悪態に近い挨拶を交わせるほど、特別な絆で結ばれた主人公とクリス……。
「……2人に憧れたのかもしれない」
「憧れ?」
なんじゃそりゃ、と雲雀くんはさっきよりもっと変な顔をした。
「今まで深く考えたことはなかったんだけど……私って規定どおりに生きてるなあって2人を見てて思ったのかも」
「両親に言われたとおりにばあちゃんの家で暮らしてるって?」
「……というか、もっと根本の、私はおかしいのかもしれないってところかな」
私は、私がおかしいなんて思ってないのに、両親は私がおかしいと言う。学校の先生の言うとおりに、クラスメイトの言うとおりに、私は“普通”から外れているんだと。私はおかしくないと意固地になっていたつもりだったけれど、私は、いつの間にかその言葉に呪われ、洗脳されていたのかもしれない。
「桜井くんと雲雀くんの、なんだろう、自由な感じ? 周りに何言われても自分は自分みたいなところに憧れちゃったのかも。私は周りにどう見られるかばっかり気にして考えて喋ってるから」
入学式の日、先輩に挨拶に来いと言われたら「用事があるほうが来い」と臆せず言い返すところとか、迷わず返り討ちにするところとか、それでいて自分達の無礼だとは言わずに「災難」と称するところとか。いや、そんな枝葉末節なエピソードではなくて、そもそも金と銀に髪を染めてるなんて、|私に(・・)|とっ(・・)|ては(・・)|有り(・・)|得な(・・)|い(・)発想なのに、それを平然とやってのけて「これが俺達のスタイルですけど何か?」みたいな顔をしているところとか。そのくせ2人はきっと自他共に認める一番の理解者だ。
こんな思考は間違ってる、こんな選択は正常じゃない、そう考えてしまいがちな私にとって、2人の自信とそれからくる自由が眩しかったのかもしれない。それが私の手に入ることはなくても、2人の自信に犯された空気を吸いたかった。
「だから……2人の傍にいたら、そんなことはどうでもよくなるんじゃないかって……」
ああ、きっとそうだ。答えながら、考えながら、腑に落ちた。私のことを“病気だ”なんて思っていない2人は、結局私のことを“病気だ”なんて思わないままだ。桜井くんも雲雀くんも「なに、病気? 見えねーけど。俺らが違うって言うんだから病気じゃねーだろ」と不遜な態度で蹴り飛ばしてくれる。桜井くんに至っては、現に「それって正常なんじゃん、なにが駄目なの?」なんて一蹴した。2人が私自身気付いていない呪いを足蹴にしてくれていたから、こんなにも2人の傍は居心地がいいのかもしれない。
2人に犯された空気を吸えたら、その副作用に殺されることがあっても、それはそれでいい。きっと──さっきの映画の言葉を借りれば──そんな友達は二度とできないのだから。
「……映画を見る前にも話したけど、やっぱり私は桜井くんも雲雀くんも好きだし……新庄なんかが出てきただけで2人の傍を離れるなんて、そんな不条理、受け入れられないでしょ?」
雲雀くんは無言だったし、お湯が沸く前のヤカンを見つめるだけで私を見もしなかった。それが納得なのか照れ隠しなのか、はたまた釈然としないことによるものなのか、今度は分からなかった。
「……んじゃ、傍にいられるように守ってやんねーとな」
「私も自分の身は自分で守れるように頑張る」
ぐっと拳を握り締めたけれど、雲雀くんには白い目を向けられた。この目はどうせ私一人では非力でどうにもならないと思っているに違いない。実際力はないけど。
「……頑張れるよ?」
「……はいはい」
あしらうような口調と横顔にポンポンと頭を撫でられて、びっくりして頭を押さえてしまった。夏休み前、学校でのものを含めて二度目だ。私の気配に気づいたのだろう、雲雀くんはやっと顔を上げて「……ああ、悪い、なんか癖で」なんて珍しく惚けた顔をした。
「……妹にやってる?」
「……やってる。バカなこと言ったときとか」
つまり……そういうことか。そうだとしてそんなバカなことを口走った覚えはない。頭を押さえたまま困惑していると、不意に雲雀くんは笑った。
「お前、本当に頭いいのに本当にバカだな」
……雲雀くんは、陽菜に習った「ツンデレ」という概念が当てはまる人なのかもしれない。顔に上ってきた熱を隠すために、頭を押さえていた手をゆるゆると口元まで下ろした。
きっと2人みたいな友達ができることは二度とない。でも、さっき見た映画の主人公と違って、私は少年ではない。
あの絆は、少年同士にしかないものだろうか。少女でも、その資格は失われないだろうか。
私は、失わずにいられるのだろうか。
不安に近いその直感を誤魔化すように、雲雀くんからそっと目を逸らした。
「……2人に憧れたのかもしれない」
「憧れ?」
なんじゃそりゃ、と雲雀くんはさっきよりもっと変な顔をした。
「今まで深く考えたことはなかったんだけど……私って規定どおりに生きてるなあって2人を見てて思ったのかも」
「両親に言われたとおりにばあちゃんの家で暮らしてるって?」
「……というか、もっと根本の、私はおかしいのかもしれないってところかな」
私は、私がおかしいなんて思ってないのに、両親は私がおかしいと言う。学校の先生の言うとおりに、クラスメイトの言うとおりに、私は“普通”から外れているんだと。私はおかしくないと意固地になっていたつもりだったけれど、私は、いつの間にかその言葉に呪われ、洗脳されていたのかもしれない。
「桜井くんと雲雀くんの、なんだろう、自由な感じ? 周りに何言われても自分は自分みたいなところに憧れちゃったのかも。私は周りにどう見られるかばっかり気にして考えて喋ってるから」
入学式の日、先輩に挨拶に来いと言われたら「用事があるほうが来い」と臆せず言い返すところとか、迷わず返り討ちにするところとか、それでいて自分達の無礼だとは言わずに「災難」と称するところとか。いや、そんな枝葉末節なエピソードではなくて、そもそも金と銀に髪を染めてるなんて、|私に(・・)|とっ(・・)|ては(・・)|有り(・・)|得な(・・)|い(・)発想なのに、それを平然とやってのけて「これが俺達のスタイルですけど何か?」みたいな顔をしているところとか。そのくせ2人はきっと自他共に認める一番の理解者だ。
こんな思考は間違ってる、こんな選択は正常じゃない、そう考えてしまいがちな私にとって、2人の自信とそれからくる自由が眩しかったのかもしれない。それが私の手に入ることはなくても、2人の自信に犯された空気を吸いたかった。
「だから……2人の傍にいたら、そんなことはどうでもよくなるんじゃないかって……」
ああ、きっとそうだ。答えながら、考えながら、腑に落ちた。私のことを“病気だ”なんて思っていない2人は、結局私のことを“病気だ”なんて思わないままだ。桜井くんも雲雀くんも「なに、病気? 見えねーけど。俺らが違うって言うんだから病気じゃねーだろ」と不遜な態度で蹴り飛ばしてくれる。桜井くんに至っては、現に「それって正常なんじゃん、なにが駄目なの?」なんて一蹴した。2人が私自身気付いていない呪いを足蹴にしてくれていたから、こんなにも2人の傍は居心地がいいのかもしれない。
2人に犯された空気を吸えたら、その副作用に殺されることがあっても、それはそれでいい。きっと──さっきの映画の言葉を借りれば──そんな友達は二度とできないのだから。
「……映画を見る前にも話したけど、やっぱり私は桜井くんも雲雀くんも好きだし……新庄なんかが出てきただけで2人の傍を離れるなんて、そんな不条理、受け入れられないでしょ?」
雲雀くんは無言だったし、お湯が沸く前のヤカンを見つめるだけで私を見もしなかった。それが納得なのか照れ隠しなのか、はたまた釈然としないことによるものなのか、今度は分からなかった。
「……んじゃ、傍にいられるように守ってやんねーとな」
「私も自分の身は自分で守れるように頑張る」
ぐっと拳を握り締めたけれど、雲雀くんには白い目を向けられた。この目はどうせ私一人では非力でどうにもならないと思っているに違いない。実際力はないけど。
「……頑張れるよ?」
「……はいはい」
あしらうような口調と横顔にポンポンと頭を撫でられて、びっくりして頭を押さえてしまった。夏休み前、学校でのものを含めて二度目だ。私の気配に気づいたのだろう、雲雀くんはやっと顔を上げて「……ああ、悪い、なんか癖で」なんて珍しく惚けた顔をした。
「……妹にやってる?」
「……やってる。バカなこと言ったときとか」
つまり……そういうことか。そうだとしてそんなバカなことを口走った覚えはない。頭を押さえたまま困惑していると、不意に雲雀くんは笑った。
「お前、本当に頭いいのに本当にバカだな」
……雲雀くんは、陽菜に習った「ツンデレ」という概念が当てはまる人なのかもしれない。顔に上ってきた熱を隠すために、頭を押さえていた手をゆるゆると口元まで下ろした。
きっと2人みたいな友達ができることは二度とない。でも、さっき見た映画の主人公と違って、私は少年ではない。
あの絆は、少年同士にしかないものだろうか。少女でも、その資格は失われないだろうか。
私は、失わずにいられるのだろうか。
不安に近いその直感を誤魔化すように、雲雀くんからそっと目を逸らした。



