「確かに……。裏を取ってもよさそうだよね、『私』から『体が弱い』は連想しなくても、『三国さんって体弱いの?』って聞けば『そういえばそんな話もあった気がする』って言う子はいくらでもいそうだし……」
「てか、その裏取りは済ませてるって考えたほうがいいかもな。あの能勢さんが、新庄から『体が弱い』って聞いただけで三国に向かって『体弱いんでしょ』なんて喋るのは軽率すぎる」
「情報が軽いから軽率になっちゃったんじゃない?」
「病歴なんて普通にセンシティブな情報だろ、軽くねーよ。みんなが知ってることと軽率に本人に言っていいこととは違うぜ」

 雲雀くんは医者の息子らしい言葉選びと共に鼻で笑い飛ばした。言われてみれば、そうか……。そういえば中学生のときに、心臓が弱いからマラソンができないという男子がいて、その男子の心臓が弱いことは、隣のクラスの私さえ知っていた。でも、私が知っていたのは、偶然、数合わせで入った応援団で彼と一緒になり「心臓弱いのに、大丈夫なんだっけ?」「自薦だから大丈夫なんじゃない?」と女子同士が話しているのを聞いたから。彼がマラソンで周回遅れでゆっくり走っているのを見て「何かあるんだろうな」と思っても「なぜ?」と他人に聞いたことはないし、仮に彼と仲が良かったとしても本人に聞くことはしなかっただろう。配慮の必要があるから知っていても、それ以上のことには、よっぽど他人の事情に首を突っ込むのが好きな人以外、踏み込みはしない。

「……確かに、能勢さんはデリカシーがないどころかあんなにモテるくらいデリカシーとかいろんなものが有り余ってる人だし……。私が自分の“病気”をセンシティブなものとして捉えてないからそう思っちゃっただけか……」

 そう考えると確かに、能勢さんは誰かに裏を取って、「でも運動とか普通にしてるし、特にどっか悪そうな感じはないですよ」とでも聞いたのだろうか。そうだとして誰に……?
「てかさー、気になってたんだけど、英凜のいうその病気、人に配慮とか共感ができないってなに?」

 な……なに……? 突然の問いかけに凍り付いてしまった。それは「他人に配慮や共感ができないという事象」を理解できないという意味だろうか……? 正常な人としておよそ有り得ないと……? いや桜井くんがそんなふうに私を責めたてるはずがない、これはなにかの間違い……。

「だって英凜にそういうこと思ったことないし。むしろ俺とか胡桃にデリカシーないってよく言われるし、俺よりよっぽどできるんじゃん?」

 ああよかった、やっぱり違う意味だった。ほっと胸を撫で下ろしながら「それは上手く誤魔化せてるってこと、かな……」と我が身を振り返る。

「本当は全然できないし……そのせいで色々失敗したことがあるから、その経験と論理に基づいて気を付けてるだけ。だから私にとって他人に配慮するっていうのは、国語の問題みたいなものかな。必要な情報が前後の文脈にあって、それに基づいて、最もそれらしい答えを書く、みたいな」

 例えば笹部くんの一件では、みんなから「全然気づかなかったとか言うな」「無理って言葉もつかうな」「一日ゆっくり考えた後でごめんなさいって言え」と教えられたから、もし万が一、今後告白されることがあったら、とりあえず一日置いてから「ごめんなさい」という一言で返事をすればいいのだ、とか。さすがに告白の場面では馬鹿の一つ覚えみたいな回答になってしまうけれど、他の場面ではもっと上手くやっている……はずだ。

「だから年を追うごとにできるようにはなってると思うけど……」