ぼくらは群青を探している

 腰から手が離れたかと思うと、パチンと音がした。(かす)かにコール音が聞こえるので電話をかけ始めたのだろう、すぐに「三国のほうは捕まえた。もう1人は知らねーけど、別にいなくていいんだろ?」と聞こえ始める。距離が近いせいで「(おっけ、合流する)」と相手の返事まで聞こえた。

「で、三国ちゃん? 新庄(しんじょう)に取っ捕まったときは蛍に電話したんだって?」

 ゆっくりと見上げると、遠くなった参道の(うす)ら明かりに照らされて浅黒い肌が見えた。でもそれだけだ、顔までは充分に見えない。

「ケータイ、出しな」

 ゆっくりと両手を挙げて、首を横に振る。携帯電話は、カゴ巾着ごと落としてしまった。

「なに、ねーの?」

 制服ならともかく、浴衣だと隠し持つこともできない──そんなことは私だけでなく相手も分かっているはずだ。
 分かっている、はずなのに。何がどうなったのか、ガシャンと(かんざし)が落ちる音と同時に頭が木の板に叩きつけられ、グワングワンと頭蓋骨に波紋(はもん)が広がるような痛みが走った。声は出なかった。手の中で、息が止まっただけのような小さな呼吸をしただけだった。
 肩は、浴衣ごしに、ひんやりと冷たい木に触れていた。グラグラと揺れる頭で認識できた視界には(ひさし)のようなものがあった。そういえば、参道から少し外れた林のほうに古い社があった。いま私はそこにいるのかもしれない。記憶の中の写真を探りながら、まるで現実逃避でもするように自分の居場所を確認する。
 ぐっと浴衣が引っ張られた。そう気づいたのは、首の下、鎖骨から下までが突然外気に触れたからだった。

「さらしは色気ねーな。浴衣の下ってなんもつけないんじゃねーの?」

 何が起こっているのか、やっぱり分からなかった。
 声は出ない。手に塞がれているせいなのか、それとも何か別の障害があるのか分からなかったけれど、とにかく声帯そのものに異常が生じたかのように、声の出し方が分からなかった。
 ピュウウ、と音がして少し経ったとき、パッと自分の上にいる男の顔が明かりに照らされた。声で分かったとおり、休憩所の外で、陽菜に声をかけていた2人組の1人で間違いなかった。
 そんなことより、その顔に浮かんでいる下劣(げれつ)さに覚えがあった。新庄と同じだ。赤倉庫で私の上にのしかかっていた新庄の顔と、同じ下劣さ。
 その下劣さを見た瞬間、思考が止まった。

「あれ、なに、お楽しみ中?」
「バカ、ケータイ探してんだよ」
「あーね。俺も手伝ってやろうか」

 というより、何を考えればいいのか分からなくなった。まるで(もや)でもかかったように、頭が回らない。考えようとしても何を足掛かりに何を着地点として思考を巡らせればよいのか全く分からなかった。それを思考が止まった状態というのなら、間違いなく思考が止まっていた。
 視界の中で、知らない手が浴衣の(すそ)(めく)りあげる。それを見て初めて自分が縁側(えんがわ)のようなところに寝転んでいると知った。(ひさし)を見た段階で分かっていたはずなのに。知らない手が首から肩を()でた。その感触で初めて帯から上をはだけられていると知った。浴衣が引っ張られた段階で分かっていたはずなのに。
 何を、されているのだろう。それが全然頭で認識できなくて、肌の上をなぞる手を茫然(ぼうぜん)と見つめていた。なに、一体なに、私は一体、なにをされている?