「アイツ、家が病院なの気にしてんだよ。ほら、俺みたいなバカと遊んでるし、あんな恰好してるから。だから、アイツの成績が良いのって、ほら、なんつーんだろう、反抗? 好き勝手してっけどお前らが欲しいとこはちゃんと締めてんぞ、みたいな」

 お前ら、というのは誰のことを指すのだろう。一瞬疑問が過ったけれど、きっと両親や一族だろうとすぐに合点がいった。曾祖父の代から病院をやっているというのなら、医者一族でもおかしくない。

「俺とかは知ってるけど、意外とアイツが雲雀病院の跡取り息子だーみたいな話って知らないヤツの方が多いからさ。このまんま内緒な」
「……私に言ってよかったの?」
「え、いいだろ。アイツ、三国のこと気にってるじゃん」

 それは私にはさっぱり分からなかったけれど、確かに、電話番号を教えろなんて、嫌悪を抱く相手であれば申し出はしないだろう。雲雀くんの行動に矛盾した要素はなかった。

「ほら、ケー番とかさ、アイツの連絡先に入ってんの、家と妹と俺と舜くらいだぜ? 多分、三国は五番目。会って一週間とかそんなのにそれだぜ、めっちゃ気に入ってるじゃん」
「……そうなのかな」
「そうそう。普通に飯にも誘うし、チャリで後ろ乗せるし。アイツ、シスコンだけどすげーイイヤツだから、安心しろよな」

 シスコンとイイヤツは両立するし、どちらかといえば入学式の日の事件をフォローしてほしかった……。でも、そっか、雲雀くんはイイヤツ、か……。

「ま、頭良いからごちゃごちゃうっせーけどな。すーぐ俺のことバカにするし。仕方ねーけどさ、俺、頭悪いから」
「……桜井くんは頭悪くないでしょ」
「三国ィ、三国みたいな新入生代表に言われると嫌味なんだよー」
「や、本当に……」

 私は頭が悪いけれど、桜井くんも雲雀くんも、頭は悪くない。喋っていれば、そんなことはすぐに分かる。やっぱり、頭が悪いのは私だけだと。

 でも桜井くんは笑いながら「あ、そーだ、アイツのコーラにウーロン茶混ぜようぜ」といたずらを始める。「おいしくないよ」「でも色同じじゃん」「そういう話じゃないと思うんだけど……」と止めたのに、桜井くんは悠々とコーラとウーロン茶の混ぜ物を持って行き、でもそんな魂胆(こんたん)は雲雀くんにはお見通しで、雲雀くんは桜井くんのメロンソーダを奪い取った。桜井くんは「うぇ」なんて言いながらコーラ・ウーロン茶を飲む。

「なー、ケータイって買うのにどんくらい金かかるの」
「どうせ分割だろ。コンスタントにバイト入るなら大丈夫じゃね」
「朝だから土日にまとめて入ろうと思ってんだけど」
「大丈夫だろ、朝なら金いいんじゃねーの」
「やー、それが高校生は朝五時以降じゃないとだめって言われて、そんなに」

 桜井くんと雲雀くんの話は、あまりにも普通だった。陽菜やその友達がするような話と同じ。携帯電話を買うのにどのくらいお金が要るかとか、最近CDを買ったからそもそも金欠だとか。陽菜たちが化粧品の話をする代わりに、二人はバイクの話をする。その程度の違いしかなかった。

「三国って、なんで灰桜高校(はいこう)なんだ」

 そんな話の途中で、雲雀くんがそんなことを言った。もうフライドポテトのお皿は空で、夕飯のメニューでも選ぼうか、そんな時間だった。

「……なんでって」
「お前、いくらでも上行けたんじゃねーの」
「……行けたかもしれないけど」
「けど?」
「……灰桜高校だったら、うちから雲雀病院に行く通り道にあるんだよね。おばあちゃんが通ってるから、なにかあったらすぐ行けて便利かなって」

 雲雀くんの視線が一瞬逸らされ、すぐに戻ってきた。その眉もわずかに動くから、きっと聞いてはいけないことを聞いてしまったと思ったのだろう。

「……おばあちゃん、もう八十歳だから。別に、体は全然悪くないし、むしろそこらの七十歳より元気なんだけどね、何かあったら困るから」

 だから付け加えたのだけれど、雲雀くんは口を噤んでいた。代わりに桜井くんが小首を傾げる。

「……ばあちゃんと二人暮らしなの?」
「うん」
「そっか。じゃ、俺とあんま変わんないな」

 今度は私が首を傾げる番だ。桜井くんは一方の口角を吊り上げた。でも眉は八の字だった。

「俺、じーちゃんの家に一人暮らしなんだ。もともとじーちゃんと一緒に住んでたんだけどさ、去年死んじゃったから。だから病院と家の間に通おうっての、なんか分かる」
「……そう、なんだ」

 そうか――。また一つ、二人の情報が増えた。同時にその情報を総合する。

 好き勝手してっけどお前らが欲しいとこはちゃんと締めてんぞ――雲雀くんの(桜井くんに言わせれば)反抗の対象にご両親が入っているのだとしたら。桜井くんは家に一人で、雲雀くんも家に独りだとしたら。二人の仲の良さが、互いに互いの欠落を埋め合わせているのかもしれない。