「まあ、だから人並みに。人並みより嫌いではあるかもしれないけど」

 ほんの数分後、ラシド#ーレシ……と電車の接近を知らせる音楽が鳴り始めた。ホームには人が溢れかえっているし、やってきた電車は相変わらず一杯だし、列の半ばにいる私達が乗ることができるかどうかは疑わしい。桜井くんは再度「うげ」と天井を(あお)いだ。

「人多いな」
「歩いて行けばよかったな」
「でも浴衣だと歩きにくくね?」
「レディーファーストだ」

 陽菜が茶化すと同時に電車は停車した。扉が開いても、中の人はほんの2、3人が降りただけだ。やっぱりみんな行先は同じらしい。
 諦めるより早く、背後からの圧力でゆっくりと電車内に押し込まれ始める。体の前に後ろにと感じる人の体温のせいで駅構内の涼しさは掻き消されてしまった。「んぎゃ」なんて陽菜の声が聞こえたかと思えば、電車の中で陽菜の姿が見えなくなっていた。桜井くんの金髪も人の波に呑まれ、私も同じように呑みこまれる。お陰で3人がどこにいるのか分からなくなってしまったけれど、どうせ紅鳶神社駅で降りるから再会はできるだろう。
 プシューッ、と扉が閉まると同時に、圧迫が少し緩くなり、ドン、と自分の背中が扉にぶつかった。同時に、頭上にバンッと何かが叩きつけられるような音と振動が響く。驚いて顔をあげるより早く「悪い、三国」と雲雀くんの申し訳なさそうな声が降ってくる。どうやら押された雲雀くんが私の頭上に腕をついてその体を支えようとしたらしい。

「……全然、仕方ないし、気にしないで」

 なんて口先ではいいつつ、本当は気にしているのは自分だった。
 文字通り、目と鼻の先に雲雀くんの胸元があった。灰色のティシャツのVネック、そのVの底の部分とでもいえばいいのだろうか、とにかく灰色と肌色の臨界点ともいうべき部分が目の前にあった。
 しかも私の頭上に悠々と腕をつくほどの身長差があり、揺れる電車の中でもぶれない体幹からは筋力差があることも分かる。この間の家での出来事といい、雲雀くんは近くにいると体格差のせいで男子っぽさを感じてしまう。
 ……という理屈よりなにより、単純にここまで他人にパーソナルスペースを許すことはないので、近づかれると理屈抜きに(あせ)るというか、狼狽(ろうばい)するというか……、なんとも形容しがたい動揺を感じる。それを誤魔化すために、静かにゆっくりと、深く息を吐きだした。

「池田、大丈夫かな」
「え?」

 でもやっぱり雲雀くんは何も感じていないのだろう。頭上であたりを見回す雲雀くんはいつもどおりの無表情だった。

「思いっきり流されたただろ」
「あー……うん、そうだね……桜井くんが近くにいてくれればよかったんだけど、どう?」
「アイツの横にはいない」

 私の目線からは桜井くんの金髪さえ見えなかった。

「……雲雀くん、背伸びた?」
「なんだ、急に」

 本当に急だったせいで、頭上から笑みが降ってきた。心臓が跳ねると同時にさっと目を逸らす。

「……なんか伸びた気がした」
「まあ、成長期だから。昴夜ほどじゃねーと思うけど」
「あ、やっぱり桜井くん伸びたよね」
「すげー成長してるよな。タケノコかよ」

 分かりやすいたとえだけれど、そこでタケノコが出てくるのがどこかおかしくて笑ってしまった。お陰で少し緊張もほぐれた。