「三国先生、なんの記事を見ていらっしゃるんですか?」

 秘書の岡本さんの声に顔を上げた。私の手元にある紙を、岡本さんはそっと覗き込む。そこにあるのは、週刊誌の見開き一ページ。十年以上前の記事をそのまま保管しているので、掴むだけで千切れそうなほど紙は劣化していた。

「……あ、この事件!」

 読者どころか、一見しただけの通りすがりの人の目すら引くようにつけられている強いタイトルは、編集者の読み通り、こうして読者を捕まえる。

「ご存知なんですか?」
「もちろん。だってこれ、結構話題になりましたよ」

 岡本さんは激しく首を縦に振った。そういえば、一色市は岡本さんのお母さんのご実家があるんだと聞いたことがあった。そして、岡本さんは私と二つか三つしか年が変わらない。となれば、岡本さんが祖父母から、市内で孫と年の変わらない子が事件を起こしたなんて話すのは、ごく自然なことだった。

「この事件、祖母から電話で話を聞いたんで、よく覚えてるんですよ。確か、私の二つ下の男の子が、同い年の男の子をバッドで殴り殺したって。危ないから気をつけなさいって、祖母に注意されちゃいました、注意しろったって何をどうしろって話なんですけど」

 あまりにも想定通りの反応で、やっぱりな、なんて感想を抱く。そんな岡本さんの口ぶりは他人事じみていて、身近にそんな事件があったことに興奮を覚えているような、少しミーハーじみた様子だった。

「そういえば、先生って一色市のご出身ですよね?」
「ええ、まあ」
「この犯人とか、知り合いだったりするんですか?」

 岡本さんは私と二つか三つしか年が変わらない。そして岡本さんのお祖母さんは、岡本さんの二つ下の少年が人を殺したと話した……。

「……いえ、まあ、誰が犯人か、分かりませんから」
「あー、まあ、そうですよね。だってこれ、犯人、未成年だったんですもんね。実名報道されないから……。でも市内では誰なのかってちゃんと分かってたみたいですよ、祖母から聞きました」

 でもさすがに名前までは覚えてないですね……、と岡本さんは顔をしかめた。

「ただ……市内でも有名な問題児っていうか、やっぱりちょっとおかしかったっていうか。万引きとかそういうレベルじゃなくて、傷害とか、その、強姦とか。そういうのも色々やってた子だったらしいんですよ。怖いですよね」

 それに返事をせず、なんとか苦笑いだけを浮かべて記事を折り畳み、手帳に挟む。

「……じゃあ、すみません。今から接見(せっけん)──被疑者(ひぎしゃ)と面会なんで、行ってきます」

 若い岡本さんに分かるよう、「接見」を「面会」に言い換えた。岡本さんは「あ、さっきかかってきてた電話の……」と思い出す仕草をする。刑事弁護の配点の電話を取ってくれたのは岡本さんだった。

「でも先生、珍しいですね。刑事事件なんて、うちでやってる人、あんまりいませんよ」
「まあ、そうですよね。でも今日のは国選ですから……」岡本さんが少しキョトンとしたので「刑事弁護の当番をしなきゃいけないって決まってる日があって。ここの警察署に逮捕されてるこの被疑者の弁護をしてあげてくださいって電話があったら、行かないといけないんですよ。今日はその日なんです」と簡単に説明した。

 岡本さんは「ああ、そうなんですねえ……大変ですね……」と納得したような、そうでもないような微妙な返事をした。

「じゃあ、今から警察署なんですね。外、雨降ってますし、お気をつけて。いってらっしゃい、先生」
「ありがとうございます」

 重たいコートを片手に、自分と年の変わらない秘書さんに見送られて事務所を出た。