「いつまで経っても聞かれないし、どうかなって思って聞いてみたらクラスの友達と行くっていうから。セーフ!」

 言いながら、桜井くんは心底嬉しそうに腕を床に対して水平に動かした。でも九十三先輩はしかめっ面をする。

「お前……胡桃ちゃんに誘われるなんて光栄なことをなんだと思ってんだ。罰当たりだぞ」
「だって胡桃、門限とかあるから、胡桃だけ送ることとかになって面倒じゃん」
「送る口実ができるじゃねーか!」

 九十三先輩と桜井くんの価値観(もしかしたら牧落さんに対する好意)はどこまでも噛み合わない。

「まあ牧落サンが行かないのは()いといて」蛍さんはパンと膝を軽く叩いて「夏祭り行くなら気を付けろよって話をしたかったんだよ、俺は。紅鳶(べにとび)神社だろ? 繁華街が近いし、一本はずれたら暗いしな」
「なんか永人さん、保護者みたい」
「テメェらのせいで保護者みたいなことさせられてんだよ」

 イライラと蛍さんが足を揺らす中「永人さーん、いますー?」──能勢さんの声が聞こえて戦慄(せんりつ)した。
 『体弱いんでしょ?』──能勢さんがそんな間違った情報を口走ったときの光景が脳裏に焼き付いて離れない。

「あ? いるけど」
「ああ、集会って言ってたのにどこ行っちゃったのかと思って。ここにいなかったらもう神社かなと思ったんで、寄ってよかった」
「別に先に行ってても良かっただろ。なんか用か?」
「いや、桜井くんと雲雀くんにも声かけましょうよって話そうと思ってたんで。1年の教室いてくれてちょうどよかったです」
「えー、能勢さんまでそんなこと言う……。俺らもその集会行かなきゃだめなの?」
「んー、俺としては頭数には入れておきたいんだよね。 (ディープ・)(スカーレット)は大所帯だし。少なくとも状況は共有しておいてほしいかな」
「じゃあちゃっちゃとここで話そ。青海神社まで行くの面倒くさいし」
「すぐそこだろ。チャリで行けば5分もかかんねえ」
「でも教室のほうがクーラーきいてるしさあ。な、英凜。……英凜?」
「え」

 二度名前を呼ばれてやっと振り向くと、桜井くんでなく九十三先輩が「はーん」と床に座り来んだまま、演技がかった仕草で私と能勢さんを交互に指差した。

「三国ちゃん、芳喜(よしき)見惚(みと)れてた?」
「え、いや、違……」
「仕方ないよねー、芳喜は顔と頭だけはいいから。でもコイツマジで死ぬほど女癖悪いからやめて俺にしとこ」
「俺は遊ぶ相手選んでるって言ってるじゃないですか。そこはウィンウィンでやってるわけで、女癖が悪いなんて言われるいわれわないです。だから安心して、三国ちゃん」

 能勢さんの笑みにいつもと違うところなんてない。そうでなくても私には言葉の裏だの空気の変化だのを理解できないのに、よりによって喜怒哀楽を顔に出さない能勢さんが怪しいなんて、あまりにも相性と分が悪い。
 そっと視線を外しながら「……いえ、それは私が口を出すことではないですし……」とつい頭を使わずに返した。
 そんな私を、蛍さんはどう思ったのだろう。一瞬だけその視線が私を見た気がしたけれど「ま、もともと3年だけ集めて話す予定だったからお前らはいい」とすぐに視線は外された。

「ただし、連絡はちゃんと見ろよ桜井」