ぼくらは群青を探している

「でも桜井くんだけ苗字で呼ぶのは変じゃない? 別に雲雀くんだけじゃなくて蛍さんとか」
「それだ!」

 が、それも嘘だったかのように桜井くんは再び勢いづいた。

「俺と永人さんは違うじゃん?」
「……それは、まあ」

 なんなら桜井くんに対する疑いなんて何もない一方で、蛍さんへの疑いは晴れていない。でもそれを理由に呼び方の差をつけるのは、蛍さんに「私は蛍さんを疑ってます」と白状するようなもので得策ではない。……考えすぎだろうか。

「な! でも俺と永人さん両方とも苗字呼びで差がないじゃん?」

 逆に桜井くんを名前で呼ぶ方が何も怪しんでいないと思われるだろうか……。裏の裏を読んでも無駄なような気も……。

「……別に名前でもいっか……」
「勝った!」
「じゃ勉強始めよっか」
「え、そこは1回くらい呼んでくれてもよくない?」

 輝いた顔は一瞬で曇る。無表情な雲雀くんの隣にいるせいでその一喜一憂(いっきいちゆう)は余計に分かりやすい。

「呼ぶ必要もないのに……?」
「……これ、俺遠回しに拒否られてんの?」
「遠回しどころか最短距離だけどな」

 ……正直、ごちゃごちゃと理屈は連ねたけれど、急に名前で呼ぶなんて恥ずかしくてできない。用もないなら尚更(なおさら)だ。

「……なんかそういうのはタイミングがあって呼ぶものだから」
「そのタイミング、今じゃん!?」
「桜井くんって中間に赤点あったんだっけ」
「また苗字だ!」

 へちゃりと桜井くんは額をテーブルに押し付けた。金髪には同じ色の耳があってもおかしくないくらい、桜井くんは分かりやすくしょげかえる。そのまま「もういいか……今日は諦めよ……」と小さな声が聞こえてきた。

「……赤点はねー、生物とねー、古典」
「数学は大丈夫だったんだ」
「んー、因数分解まではできるから……」
「中間、因数分解だけで20点あったもんな」
「英凜にたすき掛け教えてもらわなったらヤバかった……」

 そう、中間試験の前に驚愕したのだけれど、桜井くんはなんとたすき掛けを知らなかった。「そんな方法あるんだ!」なんて顔を輝かせる桜井くんのことが本気で心配になったし、今まで雲雀くんは何を教えてたんだろうと困惑もした。ちなみに雲雀くんは「たすき掛けはさすがに知ってると思って教えなかった」と。どちらに非があるのか分からない。

「……でも生物の赤点って教えようがないよね。覚えてないのが原因だし……」
「生物はさー、そうかもしれないけどさー、古典は? あれどーやって読むの?」
「感覚……?」
「……英凜って英語と数学以外教えるの下手だよな」

 私も薄々感じていたことだけれど、気付かれてしまった。桜井くんが教えられるがままにするすると英語を理解したのはもともと英語をできたからであって、数学も理解できたのはせいぜい因数分解くらい……。どちらも桜井くんの学力のスタート地点頼りだったことに変わりはない。どおりで九十三先輩が私の説明を全く理解してくれないはずだ。

 桜井くんは額を机に載せたまま「もうやだー」とグラグラ頭を左右に揺らす。

「名前呼んでくれないし勉強教えてくれないし……いじわるばっかり……」
「いじわるで教えないんじゃなくて教えられないことばかりっていうか……」
「……もう英語だけやっとこ。英凜も英語は教えてくれるし……」

 ゴソゴソと桜井くんはやっと英語のノートと教科書を取り出した。でも桜井くんがやるべきは絶対に英語ではない。雲雀くんに助け舟を求めて視線を遣ったけれど、肩を竦めるだけだ。