蛍さんは「んー」と悩むように髪をかきまぜた。女子のように長い前髪が顔の半分を覆い隠す。

「デカさでいえば、庄内はまあまあなんだけどな」
「だからハリボテだって、ハリボテ」
「いくら口説いたって無駄だ、蛍さん。俺達は群青に入る気はねーよ」
「……思ったより頑固だな。もう一年近く口説いてんのに」
「あー、そういや、俺らも蛍さんの就任祝い言ってなかったな。おめでとうございました」

 ガタンと桜井くんは地に椅子の足をつけ、軽く頭を下げた。雲雀くんも会釈程度に頭を下げる。蛍さんは「どーも」と白い歯を見せて笑った。

「……ま、そうだな。また誘いにくる」
「返事は変わんねーよ」
「さあ、どうだか。状況が変わればあるいは、な?」

 意味深なセリフに二人が眉を顰めれば「さっき言ったとおりさ」と蛍さんは嘯いた。

「中坊のときほど、周りは甘くない。たった二人じゃどうしようもないことだってある。特に団体様に狙われたときは、二人どころか一人にさえなる。そういうとき、チームにいると素直に助かる」

 くるりと蛍さんは踵を返した。その背中には「8」の刺繍が施されていて、やっぱりこの人の名前はあの怪物が口にしていた「永人さん」なのだと確信した。

「選ぶなら、群青にしてくれると嬉しいよ、おふたりさん」

 あまりにも穏便な勧誘のみをして、蛍さんは出て行った。

 桜井くんはすっかり勉強のやる気をなくしたらしく、頭を()()らせながら「んあー、めんどい」と吠えた。

「……あの人が、群青で一番偉い人?」
「偉い人……まあ偉いな、あれがいまの群青のNo.1だ」
「で、まあ、そこそこスゲェ。体格は昴夜と変わんねーけど、それこそ昨日来た庄内とかは蛍さん――ああ、蛍永人さんっていうんだけど、庄内は蛍さんの前だと頭も上げらんねーよ」

 ……全然そんな風には見えなかったけど、人は見かけによらない。あの見た目なら学生アイドルグループにいても特に違和感がないのに。ちなみに、その氏名は推測どおりらしかった。

「でもま、いい人」
「そう、いい人なんだよなあ」

 桜井くんは少し困ったように嘆息した。

「普通にいい人なんだよ。南中学にいた時から番張ってるんだけどさ、あの人。蛍さんが南中で番張ってから、南中の連中はマッジで大人しくなった。あと煙草吸う連中がめっちゃ減った」
「……なんで?」
「蛍さん、煙草嫌いなんだ」

 つまり、俺が煙草嫌いだからお前らも煙草を吸うな――と。そんなにも人のためになる我儘なんてなくて笑ってしまった。確かに、いい人だ。

「だから今の群青って煙草吸うヤツ少ないよな」
「あー、蛍さんが制服に煙草の臭いつくの嫌がるからな」
「二人とも、群青には詳しいのに群青には入らないの? っていうか入るとか入らないとかってなに?」
「そりゃ、群青は一個のチームだからな」

 それこそ概念として理解できていなかったのだけれど、桜井くんは勉強用に広げたノートに図を描き始めた。多分もうテスト勉強はしない。

「群青以外にも色々あるぜ。まあ群青と一番仲悪いのは深緋(ディープ・スカーレット)だな」

 その勢力の大きさを表しているのか、群青と深緋の円のサイズは同じくらいだった。

「それから白雪(スノウ・ホワイト)に黒鴉。他にも色々あるんだけど、まあ群青の連中とやり合うのはこのへんだなあ」

 「色々」と言いながら、桜井くんは小さい丸をいくつか書いた。

「蛍さんが群青のトップやってるみたいに、どこのチームにもボスはいるんだけど、チームのメンバーになるのにボスの許可がいるかどうかはまたチームによって違ってて」
「群青と深緋はそれなりに昔からあるし、上意(じょうい)下達(かたつ)が徹底してんだ。だから群青はああやって蛍さんが前に出てきて、気に入ったヤツは自分で誘うし、そうじゃなくても蛍さんに話を通さなきゃいけない。だから先週の庄内みたいに勝手なことは、本当はできない。今頃、庄内はヤキ入れられてるはずだ」

 なんだかヤクザみたいだなと考えていると「上意下達ってなんだ?」「要は上の命令が絶対だってことだよ」「ああ、なるほど。そのとおりだな」と桜井くんへの解説が挟まった。

「で、蛍さんは、ああやって下が勝手にやったら謝りにくるんだ、俺のチームのヤツが悪かったなってな。筋は通ってるだろ」
「……なるほど?」
「深緋のトップとかはそうはいかないんだよなー。あそこはただ上級生が強くて偉いだけだし、蛍さんみたいに筋の通ったヤツじゃない。だから、蛍さんの誘いがどうってより、入るなら群青だとは思うんだよ」

 でもなー、と桜井くんは机に突っ伏した。金髪は(たてがみ)のようにふわふわ揺れる。