……桜井くん、彼女いたことあるんだ。蛍さんから散々女心指導をされていたから、てっきりいたことがなくて扱いが分からないのだと思っていた。でも逆か、扱いが分からなかったから関係が終わっただけで、付き合った相手は確かにいた、と言われても理屈は通る。

 とはいえ、思わぬ情報であることには変わりない。思わず桜井くんを凝視してしまったけれど「侑生(ゆうき)は?」と桜井くんは私の視線に気付かない。

「付き合ったことない」
「遊び人のセリフだねえ」

 雲雀くんは肩を(すく)めた。雲雀くんのほうが彼女がいたことあると言われて納得ができるのに……。2人の意外な一面を知ってしまった。

「そういう能勢さんはどうなんですか」
「俺は付き合おうを言わないから別れようも言わないでいい」
「そっちのほうがよっぽど遊び人でしょ」

 それにしても、どうして群青の人達はいつもこうして脱線するのだろう。しかもみんな結構、いわゆる恋バナが好きらしい。

「胡桃ちゃんは? 彼氏は?」
「いないでーす。いたらこんなとこ来てないです」
「こんなとこって言うんじゃねーよ、自分で来たんだろ」

 きっと牧落さんが男だったら叩かれてる。なんなら蛍さんは牧落さんの代わりのように机を叩いていた。

「ね、だから英凜、水着買いに行こ。ね!」
「……でも桜井くんは行きたくないわけで」
「大丈夫大丈夫、なんやかんや言って来てくれるでしょ?」
「行かねーよ! 俺が英凜につられると思ったら大間違いだぞ!」

 いや私に釣られるなんて誰一人思ってないから……。本当に桜井くんの返事はいつも斜め上だ。

「じゃー俺が一緒に行こうか? 胡桃ちゃんと三国ちゃんの水着選び」

 さすがの私でも、その九十三先輩の声は語尾にハートマークでもついていそうなほど浮ついている(下心が見えている?)のが分かった。途端に桜井くんがハッと振り向く。番犬の嗅覚(きゅうかく)が反応したのだろう。

「それは……何かよろしくないニオイがする! やっぱり俺が行くべき?」
「いや牧落サンと三国が2人で行きゃいーだろ」

 桜井くんの言葉尻に蛍さんの冷静な意見が被さった。でも一度ピンときた桜井くんはそのまま斜めに突っ走る癖がある。

「いや、侑生も一緒に行けばいいんだなって」
「は?」

 ……斜めに突っ走る癖が、ある。その結果、雲雀くんに衝突して巻き込み事故を起こす。

 ただ、意外だったのは雲雀くんも話自体は聞いていたことだ。きっとそこにいても聞こえていないくらいには興味を払っていないものだと思っていたのに。

「俺を巻き込むんじゃねーよ、行きたいなら1人で行け」
「いや行きたくねーよ! でもツクミン先輩と胡桃と英凜って意味分かんないじゃん」

 別にそこが桜井くんであったとしても、水着を買うという目的がある時点で意味は分からない。

「ていうかあたしはパティプリの埋め合わせをしてほしいって言ってるんじゃん」

 “パティプリ”という字が一瞬脳内で変換できなかった。でもきっとパティスリー・プリティの略だ。

「だからぁ、埋め合わせも何も俺が断っただけじゃん! それ俺が埋め合わせる必要あんの!?」

 話が進まない。私としては桜井くんが言っていることのほうが筋は通ってるし合理的だと思うけれど、桜井くんが買い物に行かないとすれば私と牧落さんが2人で行くことになる。ここで牧落さんの肩を持たないにも関わらず買い物は2人きり、なんて微妙な事態は避けたい。