「耳に刺さってるもんは全部ピアスかってことか?」
「そう」
「まあ違うよな、これがトラガスだろ、んでこれがヘリックスで……」

 桜井くんが自分の耳を指差しながら呪文みたいなものを唱えた。雲雀くんは「お前、単細胞生物の名前はひとつも覚えらんねぇのにそういうのばっか覚えてんな」とやはり呆れ声だ。

「……それってお風呂入るときに外すの?」
「時々はずす」
「え、俺はずさない」
「はずせよ。化膿すんぞ」
「でもしたことないもん」

 へえ……、と深々と頷いてしまった。二人の話すことは私にとっては知らないことばかりだ。

「……三国、お前変わってんなあ」

 不意に雲雀くんがそんなことを呟いた。ドキリと心臓が揺れたけれど、雲雀くんと桜井くんは多分気付いていない。

「……どこらへんが?」
「え? まあ、俺らに向かってピアスがどうだのこうだの聞いて面白そうにするヤツなんていないし」
「つか俺らがつるむ女子って自分にピアス空いてるしな」
「確かに。三国は空いてないもんな」

 髪を耳にかけているので、ピアスホールがないことは雲雀くんの位置から一見して明らかだった。

「てか、三国、マジでよく普通科なんか入ってきたよね」

 もう本当に勉強なんてどうでもよくなってしまったのか、桜井くんは机に膝をひっかけて、椅子をゆりかごのように揺らす。

「普通科っていったら、昨日の三年みたいなのがゴロゴロいるんだよ。なんか今年は少ないみたいだけど」

 君達が灰桜高校普通科に進学すると噂が広まっていたからその手の連中は避けてとおったのでは? と言いたかったけれど、さすがにそれを口に出すほど頭は悪くない。

「三国みたいな大人しめ優等生がボケーッと教室にいたら二年になる頃には処女喪失してんじゃん?」
「しょ……?」
「昴夜、ちょっと黙れ」

 雲雀くんの静かな諫言で桜井くんは一度口を閉じた。

「……まあともかく、今年はまだマシだったけど、普段だったら危なかったんじゃねーって話。てか親に反対されてないの?」
「……別になにも」

 治ってくれればそれでいい――とまで(なま)(やさ)しいことは思われていないだろうけど、灰桜高校普通科というものに、両親の要望を左右する要素はない気がした。

 だから相談すらしていないし、連絡も寄越さないし、文句があれば手を回してくるだろうし、きっと問題はないのだろう。自分の中でそう納得した。

「ふーん。優等生の親って厳しいもんだと思ってたけど、意外と放任主義なんだな」

 頷く桜井くんとは違って、雲雀くんは黙ったままだった。

 そんな雑談をしていると、ペタンペタン、と廊下を歩く音が聞こえてきた。デジャヴだ。私は顔を上げたけれど、二人は顔を上げなかった。