「……なんで私は群青なんでしょう」
「ああ、それね。俺も気になってたけど、多分妹とだぶってるんじゃない?」
「妹?」

 最初に雲雀くんが口にしたのはお姉さんだったけれど、あれはやはり勘違いかただの噂が変形した結果だったのだろうか。少なくとも蛍さんに近い能勢さんの言うことのほうが信憑性(しんぴょうせい)は高い。

「蛍さん、妹いるらしいんだよね。確か三国ちゃんと同じくらいじゃないかなぁ、随分前に聞いたから忘れてた」
「……それと、重ねるとは……?」

 それこそ亡くなるとか、目の前にいない人間だからこそ“重ねる”という事象は発生するものだ。聞いてはいけないのかもしれないと思いつつ、ついつい首を突っ込まずにはいられない。

「何年も会ってないって言ってたからさ。それじゃないかな」
「……それは」

 亡くなったことの婉曲(えんきょく)表現とか……と口に出そうとして能勢さんのお姉さんのことも分かっていないことに気が付いた。軽率に口に出してはいけない。

 ただ、能勢さんは気にした様子はなく「さあ、3年なら知ってるひともいるんだろうけど、どうなんだろうね」と首を傾げただけだった。ちょうど視聴覚教室の前に着いたということもあって、能勢さんはくるくると指で鍵を回して遊んでいたのをやめる。

「でもほら、三国ちゃん、体弱いんでしょ? ここ最近群青に混ざってるの見てると妹感もあるし、本当の妹みたいに心配になるものなんじゃない?」

 そんなものだろうか……。能勢さんが鍵を差し込む横で首を(ひね)る。弟も妹もいない私には分からない話だ。

「……能勢さんにも妹さんがいらっしゃるんですか?」
「いや、俺はいないよ」

 ……その返答に、ほんの少し、自分の心に(かげ)りが差すのを感じた。

 能勢さんが視聴覚教室の扉を開けると、むわっと湿気に襲われる。こうして鍵をかけられているせいで空気が入れ替わらないせいだろう。思わず、能勢さんと(そろ)って手を団扇(うちわ)にしてパタパタと自分を仰いだ。

「キッツ……ただでさえ勉強なんてしない人達なのに……」
「……蛍さん達が来るまでに窓を開けましょう」

 互いに教室の端と端に散って手当り次第窓を開ける。でも外も雨だし、梅雨独特の湿気はどこにも逃げようがない。

 機械に頼るしかない、とエアコンのスイッチを探して周囲を見回していると、能勢さんがいち早くスイッチを押した。ゴッ、とエアコンの起動音がするだけで室内が涼しくなるような気がしてくる。

「あー、暑い暑い。やだね、この季節は」
「……能勢さんはこんな季節なのにいつも爽やかですよね」
「女の子はみんな爽やかな男が好きでしょ?」
「だからって爽やかに振る舞えるかは別問題じゃないですか」
「女の子はみんな爽やかな男が好きだからそう振る舞ってるって話だよ」

 それはまるで、本当を隠して嘘で自分を塗り潰すことのように思えた。

 能勢さんは女の子に夢を売っていると言った。その夢は、例えば女の子にとって理想的な男になることなのだろうか。

 そんなことをして好かれて嬉しいんですか、なんて月並みな質問が浮かんだので、プツリと針を刺して(はじ)けさせる。私だって、同じだ。

「……そうですね」

 嘆息(たんそく)すると、廊下からガヤガヤと話し声が聞こえ始めて「あー、クソ暑いな」と言いながら蛍さんが顔を出した。その背後から次々と群青のメンバーが入ってくる。その中には牧落さんもいた。

「いまドライつけましたよ」