予想以上の惨劇に自分がどんな顔をしてしまったのか分からなかった。ただ少なくとも能勢さんを心外にさせるには充分だったらしい、いつも穏やかになだらかな眉が八の字になった。

「でもその意味では三国ちゃんが群青に入ってくれてよかったかな。三国ちゃんがいる中で王様ゲームなんてしたら永人さんが止めてくれるだろうし」
「……その惨憺(さんたん)たる王様ゲームは止めてくれなかったんですか?」
「惨憺たるって」言葉選びに能勢さんは笑いながら「永人さん、基本悪ノリは止めないよ。人様に迷惑かけなきゃいいって思ってるから、あの人は。言っとくけど三国ちゃんの前では相当恰好つけてるよ」
「そう……なんですか?」
「桜井くんと雲雀くんがいるから恰好つけないといけないっていうのもあるんだろうけどね。ほら、群青はあの2人を欲しかったから、半端なトップじゃついてきてくれないんじゃないかってのが、当時の俺達にとっては目下(もっか)懸念(けねん)事項でね」

 視聴覚教室のある校舎へ行くと、一気に人気(ひとけ)がなくなり、能勢さんの声が響き渡る。

()められちゃまずい、でも早めに声をかけて群青に入れておきたい。まあ、色々と悩んだわけだよ、群青内部でね」
「……結局、新庄(しんじょう)が私を拉致(らち)したことが群青にとっては上手く作用したわけですよね」

 その言葉に込めずにはいられなかった疑念は、能勢さんに伝わっただろうか。そっと表情を観察するけれど、能勢さんはいつものほんのりとした笑みを変えないまま「そうだね、僥倖(ぎょうこう)……っていうと三国ちゃんには悪いけど、まあ近いかな」と頷くので、きっと伝わらなかったのだろう。

「……蛍さんから聞いてはいますけど、なんで群青はそんなにあの2人が欲しかったんですか?」
「ん、きっと永人さんが言ったことの繰り返しになると思うけど、あの2人は中学時代に別格だったからね。チームの勢力を簡単に傾ける」
「……とてもそんな風には見えないんですけどね」

 雲雀くんはともかくとして、頭に保存されてしまった桜井くんの写真はまるで人懐こい子犬のようなものばかりだ。いや、確かに入学式初日はとんだトラブルメーカーと同じクラスになってしまったと衝撃を受けたけれど、やられたらやり返すだけで、あの2人が災禍(さいか)を振りまくわけではない。

 ああ、でも、美人局(つつもたせ)のときとか、桜井くんと雲雀くんの脅迫は妙に手慣れてたな……。あれは力で優位に立っているという圧倒的な自信があるからこそできたことなのだと言われると、それはそれで納得もする。

「そのうち分かると思うよ。多分、いまはどこのチームも様子見段階。特に4月からトップが替わったようなところは、他チームに手を出すほど内側が盤石(ばんじゃく)じゃないんだよ。梅雨が明ける頃には、ちょっと様子が変わってるかもね」

 梅雨が明ける頃――本格的な夏がやってくる頃。それは同時に夏休みに入ることを意味する。学校という(くびき)がなくなってしまうという……。

 とはいえ、群青の人達は真面目に学校に来ているけれど、新庄みたいな深緋の人達とかはどうなんだろう……。学校生活が(くびき)になるなんて、それこそ私みたいな人間の(かたよ)った評価なのだろうか。

「ま、でも三国ちゃんは心配することはないよ。三国ちゃんに手を出すと永人さんと群青が出てくる。新庄に限らず、それはかなり面倒だから、ね」

 ……それは、聞けば聞くほど、蛍さんへの疑念しか(つの)らない話だった。