「やだなあ先生、いつも言ってるでしょ。俺は実力で入れるからそういうのいいって」

 能勢さんは|悠々(ゆうゆう)と名前を書き、山口先生にプリントを返し、代わりに鍵を貰う。

「いいかあ、三国を妙な道に引きずりこむなよ。で、お前らは成績いいんだからちゃんとしろ」
「はーいはい、次の期末も頑張ります。んじゃ」
「失礼しました、だろ」

 ひらひらと手を振る蛍さんの後ろで軽く頭を下げると「ほら三国はちゃんとしとる」と山口先生はブツブツ言いながら机に戻っていた。

「……あれこれ言うわりには、わりとすんなり鍵をくれましたよね、あの山口先生」
「ああ、お前ら知らないのか。あれ、生徒指導の山口で、3年6|組(うち)の担任。まあ俺らみたいなのから人気あるよ、なあ?」
「そうですねえ。ああ、あの人ね、元暴走族なんだよ。ワルは15歳で全部やったらしい」

 聖職者についているとは思えないキャッチコピーに目を()かずにはいられなかった。でもそれなら蛍さん達と仲が良いのも納得はいく。

「……じゃあ多少の悪いことは目を(つむ)ってもらってるんですか?」
「んー、目は瞑ってもらえないかな。見てないところなら(とが)めないけど見てるところでやったら逃さないぞって感じ」

 なるほど……。いずれにせよ群青にとってはいい先生であることに変わりはない。

「んじゃ、芳喜、お前視聴覚教室開けてきて」
「はーい。んじゃ三国ちゃん一緒に行こう」
「あ、でも荷物……」
「いいよ、俺持って行く」

 物理的に右往左往(うおうさおう)しようとしたところで、まるで「大丈夫」とでもいうように頭をポンポンと軽く叩かれ、硬直してしまった。でも雲雀くんはなんでもないような顔をしてそのまま蛍さんと3年6組へと行ってしまう……。妹と同じ扱いをされたのだろうか……?

「三国ちゃん、行くよー」
「あ、はい……」

 能勢さんも蛍さんもノータッチだし、私がスキンシップに(うと)すぎるだけ……? 困惑しながらも能勢さんの隣に並んだ。真横に並ぶと背が高いのが分かりやすい。

「どう、三国ちゃん、群青の連中に慣れた?」
「あ、はい、だいぶ……」
「先輩達にセクハラされてない? あの人達、基本女子に飢えてるからね」
「いえ、まあ……」

 頭には、勉強会初日、パンツの色を聞いてきた九十三(つくみ)先輩が浮かんだ。セクハラといえばそうだけど小学生のいたずらみたいなものだ。

「ささやかなものですし……」
「あの人達、悪気はないから。イヤならイヤって言いなよ。って言っても、三国ちゃんならいいって分かってるんだろうけど」
「まあ、別にいいんですけど……」

 ただ、私と出会って間もないはずなのに、なんで群青の人達はそうやって私を見透(みす)かすことができるのだろう。気になるのはそれだった。やっぱり……、そうやって見透かすことができない、私のほうがおかしいのだろうか。

「群青なんて男ばっかりだからね、女の子がいるいないでスイッチ切り替えないし。この間の春休みなんて、男しかいないのに王様ゲームなんてやるからもう惨劇(さんげき)だよね」

 王様ゲーム、漫画でしか見たことはないけれど、少なくとも男子しかいないグループでやるのは間違っている。

「惨劇……とは、具体的に……」
「俺が九十三先輩にキスさせられるとか? すんごい顔するね、言っとくけど俺被害者だからね?」