「……三国、蛍やら能勢やら、雲雀やらに連れ回されて困っとるんじゃないか? 担任じゃなくてもいつでも相談に来ていいんだぞ」
「この流れで三国が困ってるとしたらヤマセンのせいだろ」
「山、口、先、生。略すんじゃない」

 蛍さんが先生と話す様子は初めて見たけれど、その態度は群青の3年生、つまり同級生と話すものと変わらない。しかも先生の目の前で愛称どころか略称を口にする始末。尊敬の念のなさがよく分かる。

「ところで山口先生、視聴覚教室の鍵を貸していただきたいんですけど」

 片や能勢さんは、やっぱり(ブルー・)(フロック)の中でも優等生の部類なのか、ちゃんと“山口先生”と呼ぶし、なんなら敬語も遣っている。山口先生は三白眼の上の(あら)い眉を吊り上げた。

「視聴覚教室? なんでや」
「いま(ブルー・)(フロック)で勉強会してるんですよ」
「勉強会ィ?」

 群青が? そう聞こえてきそうなほど素っ頓狂(とんきょう)な声だった。当然も当然だ。問題児集団が揃って勉強会なんて、学校の先生が聞いたら泣いて喜ぶ前に耳を疑う。それにしても、山口先生の声は起伏(きふく)があって分かりやすいからちょっと好印象だった。

「ちゃんと勉強してんのか。視聴覚教室でやらしいDVDでも見ようってんじゃないか」
「いやいや先生、こうして三国ちゃんとかいるわけですよ」能勢さんはポンと私の肩に手を置いて「清純で真面目な三国ちゃんの前でそんなもの見れるわけないじゃないですか」

 まさしく蛍さんが私を連れて来た理由な気がした。自分で言うのもなんだけれど、私がいるところでいかがわしいDVDを見ているとは思われないだろう。

「いーやお前らが三国を抱き込んでる可能性がある。大体、なんで三国を連れ回してるんだ」
「三国は雲雀と桜井の手綱(たづな)握ってるから」
「握られてませんけど」

 雲雀くんの(ささ)やかな否定を蛍さんは無視した。

「あと、三国が3年に勉強教えてんだよ、アイツらマジでバカばっかりだから」
「……お前らの学力考えたら、まあ1年の三国が教えてるのも分からんくはないが、お前ら、情けなくないんか」
「仕方ねーだろ、アイツら逆立ちしたって灰桜高校にトップじゃ入れねーよ」

 山口先生の粗い眉が寄せられ、目は卵のように形を変える。まるで顔芸でもしているようだ。その手の中では変わらずボールペンが回る。

「……まあ、勉強するなとは言わんけどなあ、三国、教える時間は無駄だ。そんなことして自分の成績が下がったらどうする」
「灰桜高校レベルなら下がりようがないので大丈夫です」
「なにィ?」

 ブッと頭上の能勢さんと隣の蛍さんが吹き出したし、隣の雲雀くんも私を見ながらその口角を吊り上げた。山口先生はわざとらしく口を(ゆが)めて笑う。

「三国がそんなことを言うとは……もうお前らの影響受けとるじゃないか」
「いや俺らこんなこと教えてないから」
「じゃお前か、雲雀」
「いや三国はもともとこういう生意気なタイプです」
「え、私のことそういう目で見てたの……」
「まあいいか。教師としては生徒同士の勉強会をダメと言うわけにはいかんからなあ」

 いまの流れで何をどう納得したのか、山口先生は席を立つと、鍵と一緒にプリントを1枚持ってきた。「貸出書」と書かれているのできっと鍵を貸し出すための書類なのだろう。

「能勢、お前の名前書いてけ。いいか、備品壊したら内申(ないしん)に傷がつくぞ」