「うん、いやもう言い方には何も言わないんだけど、ところで三国ちゃんの血液型は?」
「それって文法に必要なんですか?」
「うん、あのね、本気で不思議そうに聞くのやめて?」


 九十三先輩に手渡された参考書を(めく)っていると「ツクミンせんぱーい、俺も英語やるー」と桜井くんがふらふらと寄ってきた。きっと牧落さんの周りに群がっていた先輩達に押し潰されていたのだろう、私の隣に座り込むと、へちゃりとでも聞こえてきそうな動きで机に頬を載せた。

「いーの、お前、胡桃ちゃんの相手してなくて」
「えー、いんじゃないの? だって先輩が構ってるじゃん」
「構ってるのは牧落さん側だと思うけどね」
「ハハッさっきから思ってたけど、三国ちゃん結構言うねえ」

 九十三先輩の何気ない一言に、背筋を氷が滑り落ちるような感覚が走る。

「……今のって言うべきじゃなかったですか?」
「いや、アイツらは気にしないんじゃない。三国ちゃんの言うことだし」
「……私が言うことだというのは」
「だってほら、三国ちゃんは永人の愛人だから」
「いやだからそれは……」

 ただの勘違いじみたネタのような噂であって――と否定する前に。

「ま、特別なんだよ、特別」

 九十三先輩は、意味深な形容を使う。

 |そう(・・)思われていないことには安心するけど、愛人通り越して特別……。まさしくその|特別な(・・・)形容には愛人とは別の含意(がんい)がある気がしてならない。

「……九十三(つくみ)先輩、それって――」

 言い終える前に、ガンッと九十三先輩が突如(とつじょ)机に()()きした。原因はその後頭部に乗っている足以外ない。

九十三(つくみ)、テメェずっと日本語喋ってっけど本当に英語の勉強してんのか?」
「してます、してます。いま三国ちゃんにアイラブユーを教えてもらってて」
「ほーお。彼女もいねーのに誰に(ささや)くんだ、その愛の言葉」
「もちろん三国ちゃイタタタ」
九十三(つくみ)、お前チェンジ。雲雀の数学行きな」
「やだよ、雲雀くん絶対俺のこと嫌いじゃん。俺が三国ちゃんにベタベタしてたらスゲー(にら)んでくるし」
「もとからこういう目つきなんで」
「嫌いなの否定して?」

 蛍さんに問答無用で(えり)を掴まれ、九十三先輩は反対側に向き直らされた。まるでハムスターの(しつけ)を見ているかのようだった。

「三国、そういうわけで九十三は脱落だ。山本と中山に教えてろ」
「はあ……でも山本先輩と中山先輩は牧落さんの傍にいるので、多分やる気はないかと……」
「中山! 山本!」

 最早キレ気味の蛍さんは再び牧落さんのもとへと戻っていった。私と桜井くんの前からは先輩が消えうせ、勉強会という本旨(ほんし)など跡形もなく消え去ってしまっている。

「……私、牧落さんレベルの美少女って初めて見たんだけど、すごいよね。みんな牧落さん好きって言っても過言じゃない」
「あーね。なんか胡桃の周りにいる男子はみんなそう」

 桜井くんもその“周りにいる男子”の一人であるはずなのに、まるで自分は関係のないことであるかのような口ぶりだ。

「大体みんな胡桃好きになるんだよね。まあどんくらいどう好きなのか知らないけど。胡桃は特別」
「……まあ、特別な美少女っていうのは、ああいうのを言うんだろうね」

 顔が可愛くて、それに見合う声とスタイルで、能勢さん達曰くサバけた性格で、非の打ちどころがない美少女というのはそういうものをいうのだろうか。

 そしてきっと、牧落さんは私のような頭の悪さもないのだ。ごく自然に群青の先輩達に馴染(なじ)んでいる牧落さんを見ていれば、それはあまりに自明だった。