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 桜井くんが「よろしく頼んだ!」と勉強を教えられに席までやってきたのは、週明けの月曜日の放課後だった。ちなみに、桜井くんがそんなことをしてくれたので、クラスメイト達は、なにか起こっては堪らない、と我先にと教室を出ていった。陽菜でさえ顔の前に手刀を掲げて出て行った。お陰で教室には私と桜井くんと雲雀くんしかいなかった。緊張のせいで、背中にはじんわりと冷や汗が滲んだ。

 でも桜井くんは意にも介さず、いそいそとカバンを持ってきて、私の前の机を私の机とくっつけた。その上には中学校の数学の教科書が載せられた。どこから突っ込めばいいのか分からなかった。

「……えっと」
「数学が一番無理、多分実力テストなんてされたら0点になる」
「マークシートだろ、理論値はとれるんじゃね」
「……100÷4?」
「25だバカ」

 割り算の計算の異常な遅さに、教える前から匙を投げたくなった。桜井くんは「あー、あー、つまり25点取れなきゃやばいのか」と眉を八の字にして教科書を広げる。

「とりあえずマイナスとプラスでどうやって計算すればいいのか分からん」

 ああ、やっぱり重症だ。でもひとたび引き受けてしまった以上、放り出すのは悪い気もした。仕方なく、広げたノートに数直線を書く。

「……概念として」
「ガイネン?」
「……この線を数直線って呼ぶんだけど」桜井くんの頭の程度を一生懸命推察しながら「このメモリひとつが1を意味してる。ここが4で、ここが0。その右に-1がくる」
「……ふーん?」

 あまり理解した様子はない。というか、いくら灰桜高校の普通科とはいえ、こんなんでどうやって入学してきたんだ……、と額を押さえていると、隣で机に足を投げ出している雲雀くんが「ほらな、駄目だって、コイツに教えたって」と笑った。

「……雲雀くん、桜井くんに勉強教えてたの?」
「あ? あー……」
「入学式のときも話したけどさあ、コイツ、こんなんだけど頭良いんだよ」

 桜井くんはシャーペンを放り出し、頭の後ろで両腕を組んだ。勉強をする気があるのかないのか分からない。

「西中でもずっと一番、でもずっとこのなり。先公(センコー)どもも扱いに困ってさ」
「……中学のときから銀色で、耳もそうなの?」
「そうだよ」

 やっとこっちを見た目には、なんか文句あっか、とでも言われているような気がした。でもそんなつもりはなく、ただ、桜井くんの言う通りだったんだろうなと思っただけだ。

「なんだよ」
「いや……」

 入学式の日はじっくり見る余裕がなかったけど、その耳にはこれでもかというくらいピアスがついていた。いや、私が装飾品の種類を知らないだけで、もしかしたらピアスと呼ぶのは適切ではないのかもしれない。それこそ、耳の輪郭に沿ってるものはピアスではないだろう。耳の上部を貫くように刺さっている棒も、ピアスと呼ぶのは適切ではなさそうな気がした。

「人の耳がそんな珍しいか?」
「ピアスって名前が色々違うのかなあって……」
「はあ?」

 私が何を考えていると思ったのか、雲雀くんは呆れ半分の声と一緒に笑った。雲雀くんは無愛想なわりによく笑う。