「……天才かお前」

 パッチンと指を鳴らす九十三(つくみ)先輩と「マジか」「あれそういう意味だったのか!」と話す残り2人の先輩のことが本気で心配になった。先輩達の頭がマジか(・・・)だ。しかも|九十三(つくみ)先輩はこれで英語が赤点ではなかったような……。灰桜高校普通科のレベルが心配になってきた。

 そっと蛍さんを振り向くとその眉間には皺が寄ってるし(なんだか勉強会が始まってから皺が寄りっぱなしだ)、目はまるで出来が悪すぎて(さじ)を投げたい生徒を見ているかのようだし、半開きの口は今にも罵詈(ばり)雑言(ぞうごん)を吐きそうだ。

「……お前らバイクの整備してる暇があったら英単語覚えろよ。小学生が感動するレベルじゃねーか」
「いや覚えらんないって。英単語テストとか3点取れたらもうマジ俺天才みたいな感じだし」
「……蛍さんは大丈夫なんですか?」

 というか、そもそも群青のNo.1の留年事情は一体どうなってるんだろう。勉強会を開くし監督役をしてるくらいだし、少なくとも赤点の危険はないのだろうけど……。

 その程度に考えていると「俺は普通科5位以内常連だよ」……思ったよりかなりいい返事が来た。お陰で私と桜井くんはポカンと口を開けた。

「……蛍さんいくら真面目って言ったってそんなに真面目な……」
「絶対俺と同じくらいバカだと思ってたのに!」
「よーし桜井、お前はそこに直れ」

 バンッとハリセンが一閃(いっせん)した。桜井くんは「だってえー」と頭を押さえながら口を(とが)らせる。

「永人さん、泣く子も黙る群青のNo.1じゃん。なんで真面目に勉強なんかしてんの」
「そーだそーだ、俺達を見倣(みなら)え」

 九十三先輩が野次を飛ばせば、他の先輩達も「勉強できるヤンキーなんてカッコ悪い」「やーいガリ勉リーダー」と(はや)し立てる。ふと辺りを見回せばみんな机に足を上げたり椅子をくっつけて寝転んだりしているので、勉強会と名がつこうが問題児の集まりであることに変わりはないらしい。

「うるせーな、1番カッコイイだろーがよ」
「勉強の1番はなー、ガツガツしててカッコ悪い」
芳喜(よしき)見てみろ、特別科1番でクソモテてんぞ」
「はーい、永人が芳喜ほどモテないのは身長のせいだと思いまーす」
「誰がチビだぶち殺すぞ」
「永人さん安心して! チビみな仲間!」
「うるせぇぞ桜井! テメェのほうがチビだろ!」
「男の価値は身長だよねー。ねー三国ちゃんもそう思うよね? ってかどんな男が好きなの?」

 また厄介な流れで話を振られた……。ニコニコなんて聞こえてきそうな笑みを浮かべて私を覗き込む九十三(つくみ)先輩に少したじろいでしまった。なんと答えるべきか悩んだけれど、身長だなんて答えると今すぐ蛍さんにぶん殴られてもおかしくないし、桜井くんも丸まって()ねてしまいそうだ。となるとこの話の流れでは勉強の1番を否定しない方向がいいはず……。

「……頭のいい人ですかね」
「マジかよ芳喜しかいねぇ!」
「えーじゃあ次は三国ちゃんにしよっかなー」

 次はってなんだろう……。椅子の背に肘をついてこちらを振り向いた能勢さんはわざとらしくウィンクした。アイドルでなくてもあんなに綺麗にウィンクできるものなんだな。

「芳喜、テメェは三国に手出したら市中引き回しの刑だぞ」
「こわァ。つかいつの時代ですかそれ」
「そんなこと言ってるから三国ちゃんが永人の愛人って言われんだよー」
「……蛍さん、その噂どうにかしてください」