「別にいいじゃないですか、蛍さんも英凜って呼べば」
「……お前人懐こくて得だよなあ」
「あっそういえば蛍さんも蛍さんのままだ! 永人さんって呼ぼっかな!」
「それは好きにしろ」

 こうして見ていると桜井くんは飼い主の周りでキャンキャン甘えまくる子犬みたいだ。背格好は蛍さんと大して変わらないけど。

 早速桜井くんは「永人さん!」「用もなく呼ぶな」と蛍さんの呼び方を変えているけれど、桜井くんの言うとおり呼び方が心的距離をある程度左右するというなら……、私は蛍さん呼びのままでいい。

「……あ、そういえば能勢さん、これお姉さんの服です」
「ああ、はいはい」

 手に持ったままだったスカートを差し出すと、雲雀くんが「上借りたままだし、洗ってから返しますよ」と横から口を挟んだ。

「いーよ別に。どうせジャージ着てたんだし」
「おねーさん嫌がりません? 知らん男の後輩ですよ、俺」

 妹がいるから分かるのか、雲雀くんは律儀(りちぎ)なことを口にした。言われてみればその通りだ。

 ただ、能勢さんはいつもの微笑を浮かべたまま手を横に振る。

「ああ、いいのいいの。姉さんもういないからさ」

 ……もういない?

 能勢さんのその返事に私達は少し戸惑ったし……、桜井くんのじゃれ合いに付き合っていた蛍さんも私達を振り返った。能勢さんの返事を聞きつけたからこそ、そしてその返事に特別な意味があるからこそ振り返った……そこまでは分かるけれど、その意味を、私は表情からは分析することはできなかった。

 能勢さんはそれ以上お姉さんのことを話さなかった。お陰で私と雲雀くんもそれ以上聞くことができない。

 “もういない”には、進学して家を出ているという程度の意味しかないのか。家に服があるとしても、一部の使わない服を残していったとしても、不自然ではない。

 ただ、もし亡くなったのだとしたら、“抗争に巻き込まれて姉が亡くなった”のは蛍さんではなく能勢さんなのではないのか。

 蛍さんは“群青に相応(ふさわ)しい”かどうかを気にしていた。なにがその基準なのか分からないままだけど、それは例えば能勢さんでいえば――“抗争で姉を亡くしたこと”とか。

 ただ、もしそうだとしたら、私が蛍さんの亡くなったお姉さんに似ているから気にしてるんじゃないかという仮説が消える。

 蛍さんが私を群青に誘うほど気にかけていた理由は一体、なんだ。