雲雀くんは今津の携帯電話を奪い取ると問題のデータを消し、更にパソコンまで要求して念入りにデータを確認し、削除した。パソコンの起動中も雲雀くんはずっとイライラしていて、物理的にハードディスクを壊したくて仕方がなさそうにトントントントンと指で膝を叩いていた。
部室から出て行くときも、雲雀くんは足で蹴り出すようにして扉を開けた。正直、後ろからついていくのが気が気でなかった。いや、雲雀くんが私に当たり散らすような人でないことは知っているのだけれど、さすがにここまで機嫌が悪いと近くにいるだけで火の粉が飛んで来て引火しそうだ。
部室棟の下に控えていた蛍さん達は、出てきた私達を見て「おー、お疲れ。円満解決ってやつか?」なんて呑気な声をかけた。雲雀くんは何も答えずにスカートを脱ぐ。ちなみにスカートの下には七分丈のジャージを履いていた。次いでひったくるようにウィッグを取れば、いつもより大人しくぺたりとした銀髪が出てきた。
「くそっこの蒸し暑いときにこんなもん被せやがって……」
確かにコンディションは最悪だ。梅雨入り前、いやもう梅雨入りしたんだっけ、いずれにせよ朝から雨が降っていてじめじめと湿度の高い日に、よりによってスカートとウィッグを身に着けるなんて。
「……ひ、雲雀くん」
ギラリとでも聞こえそうな眼つきで振り返られ、ヒッと身が竦んだ。でもいまの雲雀くんは顔だけ女の子になってしまったままだ、きっと完全に女装をときたくて仕方がないだろう。ボディバッグの中から、牧落さんから借りていたメイク落としを慌てて取り出した。
「……取りたいでしょ?」
「…………」
無言が答え……であるはずだ。おそるおそる差し出すと、雲雀くんは私にスカートとウィッグを押し付け、代わりにむんずとコットンを掴んで乱暴に顔の化粧を拭う。
「ちょ、ちょっとタンマ」
「なんだよ」
「擦っちゃダメって牧落さんから言われたから」
「いーんだよ、女じゃないんだから」
「でもせっかく……」
綺麗なんだから、と言おうとして黙った。肌が白いとかきめ細かいとか、そんな意味の綺麗でも今の雲雀くんにとっては煽りでしかないだろう。少し考えて口を噤めた自分を褒めてあげたい。
「……ちょっとやっていい?」
私がコットンを片手に持ったことで意図は伝わったらしい。雲雀くんはこれでもかというくらい眉間に皺を寄せて目を細めていたけれど、ややあって「……さっさとして」目を閉じるのと一緒に返事をくれたので、いいらしい。
おそるおそる手を伸ばして雲雀くんの頬の内側から外側へコットンを動かし、化粧を落とす。間近で見ていると、化粧を落とせば落とすほど肌が透明度を取り戻す気さえして、あまりのきれいさにドキドキと好奇心にも似た緊張が走った。
鼻が高い。まつ毛が長い。それこそ爪楊枝が乗るほどという比喩がぴったりくる。唇は、グロスが塗ってあることを差し引いても、肌との境界線がはっきりとして整っている。というか髭がない……この年だとまだ生えないのだろうか。顔が整っている人を間近で見たことなんてなかったけれど、本当にひとつひとつのパーツが綺麗だ。
……この顔を間近で見た後に自分の顔は見たくないな。そんなことを思いながらグロスを拭き取ろうとして──さすがに手が止まった。
「……雲雀くん」
「なに、終わった?」
長いまつ毛が目蓋と共に持ち上がる。涙袋だって、化粧をするまでもなくくっきりとしている。
部室から出て行くときも、雲雀くんは足で蹴り出すようにして扉を開けた。正直、後ろからついていくのが気が気でなかった。いや、雲雀くんが私に当たり散らすような人でないことは知っているのだけれど、さすがにここまで機嫌が悪いと近くにいるだけで火の粉が飛んで来て引火しそうだ。
部室棟の下に控えていた蛍さん達は、出てきた私達を見て「おー、お疲れ。円満解決ってやつか?」なんて呑気な声をかけた。雲雀くんは何も答えずにスカートを脱ぐ。ちなみにスカートの下には七分丈のジャージを履いていた。次いでひったくるようにウィッグを取れば、いつもより大人しくぺたりとした銀髪が出てきた。
「くそっこの蒸し暑いときにこんなもん被せやがって……」
確かにコンディションは最悪だ。梅雨入り前、いやもう梅雨入りしたんだっけ、いずれにせよ朝から雨が降っていてじめじめと湿度の高い日に、よりによってスカートとウィッグを身に着けるなんて。
「……ひ、雲雀くん」
ギラリとでも聞こえそうな眼つきで振り返られ、ヒッと身が竦んだ。でもいまの雲雀くんは顔だけ女の子になってしまったままだ、きっと完全に女装をときたくて仕方がないだろう。ボディバッグの中から、牧落さんから借りていたメイク落としを慌てて取り出した。
「……取りたいでしょ?」
「…………」
無言が答え……であるはずだ。おそるおそる差し出すと、雲雀くんは私にスカートとウィッグを押し付け、代わりにむんずとコットンを掴んで乱暴に顔の化粧を拭う。
「ちょ、ちょっとタンマ」
「なんだよ」
「擦っちゃダメって牧落さんから言われたから」
「いーんだよ、女じゃないんだから」
「でもせっかく……」
綺麗なんだから、と言おうとして黙った。肌が白いとかきめ細かいとか、そんな意味の綺麗でも今の雲雀くんにとっては煽りでしかないだろう。少し考えて口を噤めた自分を褒めてあげたい。
「……ちょっとやっていい?」
私がコットンを片手に持ったことで意図は伝わったらしい。雲雀くんはこれでもかというくらい眉間に皺を寄せて目を細めていたけれど、ややあって「……さっさとして」目を閉じるのと一緒に返事をくれたので、いいらしい。
おそるおそる手を伸ばして雲雀くんの頬の内側から外側へコットンを動かし、化粧を落とす。間近で見ていると、化粧を落とせば落とすほど肌が透明度を取り戻す気さえして、あまりのきれいさにドキドキと好奇心にも似た緊張が走った。
鼻が高い。まつ毛が長い。それこそ爪楊枝が乗るほどという比喩がぴったりくる。唇は、グロスが塗ってあることを差し引いても、肌との境界線がはっきりとして整っている。というか髭がない……この年だとまだ生えないのだろうか。顔が整っている人を間近で見たことなんてなかったけれど、本当にひとつひとつのパーツが綺麗だ。
……この顔を間近で見た後に自分の顔は見たくないな。そんなことを思いながらグロスを拭き取ろうとして──さすがに手が止まった。
「……雲雀くん」
「なに、終わった?」
長いまつ毛が目蓋と共に持ち上がる。涙袋だって、化粧をするまでもなくくっきりとしている。



