真夏の観測者たち

 
          ◯


 ハーバーランドのそばにあるJR神戸駅まで走ると、目当ての電車の時間にはなんとか間に合った。高架にあるホームまでたどり着いたところで、やっと息を整える。

 電車が来るまであと一分。
 無事に門限までには家に帰れそうで、安堵の溜め息を吐く。と同時に、先ほどの遠野くんとの会話を思い出す。

 ——一ノ瀬は、いつもブレーキかけてるよな。学校でも。何か言いたそうなときでも、我慢してるっていうか。

 教室でも、彼は私のことを見ててくれたんだ。
 そう思うと、なんだか胸の奥があたたかくなる。
 こんな私でも、ちゃんと感情があって、一人の人間なんだって、認めてもらえた気がする。

 たとえ口下手でも、誰かに伝えたい思いがある。私の話を聞いてほしいって、本当は思っている。
 明日、あの教室で遠野くんに話しかけたら、彼はまた、私の言葉に耳を傾けてくれるのかな——と、そんなことを考えているうちに、目の前のホームに電車が入ってきた。

 扉が開いて、私はそこへ足を踏み入れる。どこに座ろうかと迷っているうちに、車両の外からは救急車のサイレンが聞こえてきた。

 なんとなく不安を煽る高い音が、辺りに響く。どうやらかなり近い場所を通っているらしい。さらには複数のパトカーの音も近づいてきた。

 なんだか物々しい雰囲気だった。
 もしかしたら、近くで大きな事故でもあったのかもしれない。

 やがて出入口の扉が閉まって、私を乗せた電車は東へ向かって動き出した。


          ◯


「おかえり、真央。今日は遅かったのね」

 門限の二十時ぴったりに帰宅すると、キッチンにいたお母さんからそう声をかけられる。
 二十時って、遅いのかな。お兄ちゃんが高校生だった時は、こんなに時間に厳しくなんてなかった気がするけれど。

「さっきは港の方まで行ってたの? 友達と仲良くするのはいいけど、あんまり遅くまで遊び歩くのはだめよ」

 私の行動も、こうしてしっかりチェックされている。スマホにGPSが付いているので、お母さんはいつもそれで私の居場所を監視している。

 きっと私が頼りないから、お母さんは必要以上に私の世話を焼こうとするのだ。
 そのくせ、私が何か言いたいことがあっても、こちらの言葉を最後まで聞いてくれることはない。話が長いとか、要点だけ話せとか、口下手な私を咎めるだけで会話は終わってしまう。

 私もお兄ちゃんみたいに、頭の回転が速くて、要領よく話せる人間だったらよかったのに——と、憂鬱な気持ちになってきたところで、リビングで点けっぱなしになっていたテレビの音が急に耳に入ってきた。

「……ということは、この『ラビ』もしばらく使えなくなるということですね」

 ラビ、というワードに私は反応した。
 見ると、液晶の向こうではベテラン風のキャスターが神妙な面持ちでゲストに語りかけている。画面の右上には大企業の名前とともに『サイバー攻撃か』の文字があった。

「あ。そのニュースね、さっきからずっとやってるの。お兄ちゃんの会社、サイバー攻撃を受けてるんだって」

 お母さんの言った通り、話題に上がっているのはお兄ちゃんの勤めている会社だった。有名なIT企業で、私が使っている『ラビ』もここが開発したアプリである。

 報道によると、この企業が提供している各種サービスはしばらく停止するらしい。試しにスマホでラビを起動してみると、『メンテナンス中』の文字が表示された。

(そっか。しばらくラビと話せないんだ)

 彼に何も相談できないのは、ちょっと心細い。

「大変よねぇ。でも、会社にはお兄ちゃんがいるから、きっと大丈夫ね」

 お兄ちゃんは有能だから、きっと何とかしてくれる。お母さんはそう信じて疑わない様子だった。

 こういう態度を目にする度、私はまた惨めな気持ちになる。お兄ちゃんが褒められる度に、私はダメだと言われているような気がしてしまう。
 私と違って学生時代から一人暮らしをしているお兄ちゃんは、今年の春から立派な社会人になった。

 なんとなく居心地が悪くて、私はさっさと自分の部屋に戻ろうと(きびす)を返した。
 けれどそのとき、テレビの中のキャスターが「速報です」と急に話題を切り替えた。

「JR神戸駅付近で、トラックが歩道に突っ込む事故がありました。二人が軽傷。一人が意識不明の重体です」