(ううん、そうじゃない)

 私は否定する。

 私は、死ぬのが怖いから告白するんじゃない。

 私はただ、自分の本当の気持ちを彼に伝えたいから、彼に知ってほしいから、だから告白するんだ。

 自分が何を考えているのか、どうしたいのか。それを、彼に知ってほしい。私の口で、言葉で、彼に想いを伝えたいから告白するんだ。

「遠野くん。私ね……——遠野くんのことが、好きなの」

 私がそれを言葉にした瞬間、目の前の彼の瞳が、真ん丸に見開かれる。

「あなたのことが好きなの。だから……遠野くんさえよければ、私と、お付き合いしてください!」

 通路の真ん中。
 せっかく海辺の方まで来たのに、海はまだ見えないショッピングモールの中。

 告白のロケーションとしては微妙なその場所で、私は心に秘めていた想いを打ち明けた。

「…………ふっ……」

 と、なぜか遠野くんは噴き出すようにして、まるで笑いを堪えきれないといった表情で私を見つめた。

「遠野くん?」

「……一ノ瀬って、本当に面白い奴だよな。まさかこんな場所で、こんなタイミングでそんなことを言い出すなんてさ」

 くくっと笑いを押し殺す遠野くんの顔は、今まで見たこともないくらいに愉快そうだった。

 やっぱり、このタイミングでの告白は良くなかったのかもしれない。
 まさかとは思うけれど、九十パーセント以上の確率で成功すると言われていた私の恋は、わずか十パーセントだった失敗という結果に終わってしまうのか。

「……ご、ごめんね。こんなの、ヘンだよね。いつもこんなんだから私——」

「そこが良いんだよ」

 つい悲観的になっていた私の声を遮るようにして、遠野くんは言った。

「いつも、頭の中で色々考えてるんだろ? あのウサギの絵も、独創的で良かったけどさ。……この二週間、一ノ瀬と一緒に過ごして、一ノ瀬の色んな面が見れて、俺は楽しかった。最初は愛想笑いばっかしてたのが、段々自然と笑ってくれるようになったのも嬉しかった。少しずつでも俺に心を開いてきてくれてるのかなって思った。そんで、できるならこれからももっと、一ノ瀬の色んな顔が見たいって思った」

 彼は私の肩を抱き寄せたまま、優しげな微笑みをこちらに向けている。

「正直さ、誰かに対してこんな気持ちになるのって、一ノ瀬が初めてなんだよ。一ノ瀬のこと、もっと知りたいって思う。これからもずっと、こんな風に一緒にいたいって思う。……あの事故の日に、俺の見た世界では一ノ瀬が死んだけど。今は、一ノ瀬を失いたくないって思う。だから——」

 胸の鼓動は高鳴ったまま。
 目の前の彼の真剣な瞳から、目が離せない。

「俺も、一ノ瀬のことが好きだ。俺と、付き合ってほしい」

 思いもよらぬ彼からの告白に、私は今度こそ心臓が止まるかと思った。

「……うっわ、お前ら!」

 と、すぐ近くから誰かの声が届いて、私たちは同時にそちらを見た。
 すると、視線の先には二人の男女の姿。私たちと同じ制服を着た高校生が、照れたように顔を赤らめながら、こちらを凝視していた。

「えっ……ハルカちゃんに、向田くん? どうしてここに!?」

 二人が、なぜかここにいた。今日は海辺の方には近づかないと言っていたはずなのに、どうして。

「いやー。やっぱり遠野のことが心配でさ。ちょっと様子を見に行ってみようかってハルカと話してたんだよ。でも、まさかこんな展開が待ってるとは……」

「まさかのまさかだよ! なんか、イケナイところを見ちゃった気分!」

 うひゃー! と二人はまだ盛り上がっている。
 そんな彼らをしばらく眺めてから、私と遠野くんはお互いの視線を再び合わせる。
 そうして「ふっ……」とどちらからともなく笑い合う。

 七月十七日。運命の日。
 この四人の中の誰かが命を落とすと言われた日に、私たちは結ばれた。

 この二週間のあいだに、私たちは信じられないような体験をした。
 そして私自身も、今までの私では考えられなかったような新しい自分になることができた。

(ラビ。私、やったよ)

 遠野くんに告白して、一緒に生きる未来を掴み取った。
 きっとこれからもずっと、私は彼の隣にいられる。

「ねえ、港の方まで行こうよ。そんで四人で写真撮ろ。カップル誕生の記念に!」

 ハルカちゃんはそう言って、我先にと道の先へ駆け出す。

「あっ、おい待てよハルカ!」

 彼女の後を、向田くんが追う。

「俺たちも行くか、一ノ瀬」

 遠野くんはそう言って、私の方へ右手を伸ばす。

 彼から差し出された、優しい手。
 そこへ私も、同じように手を伸ばす。

「うん。そうだね、遠野くん」

 やがて繋がった手は、力強くて、あったかくて。
 これから先も、ずっと手放したくないと、私は心の底からそう思った。