真夏の観測者たち

 
          ◯


 しかし次の休み時間も、その次も、二人きりになれる瞬間は訪れなかった。
 そのまま昼休みになり、四人そろっていつものように食堂でテーブルを囲む。

「で、遠野はやっぱりハーバーの方まで行くの? どうしても?」

 ハルカちゃんが聞いて、遠野くんが頷く。彼の意思は固く、やはり心変わりは一切ないことが窺える。

「オレとハルカは、とりあえず海の方には近づかないようにするつもりだけど。遠野も例の事故現場からは離れとけよ。それから真央ちゃんも、今日の放課後は家で大人しくしてた方がいいかもな」

 遠野くんへの告白さえ済めば、そうするのが正解かもしれない。
 けれど私がこうしてまごついているせいで、未だに私たちの死の確率は下がっていなかった。

 結局、私は彼に告白できないまま、ついには放課後を迎えてしまった。
 ハルカちゃんと向田くんは部活へ向かい、私と遠野くんは一緒に下校する。

「なんか、今日の一ノ瀬はちょっと様子がヘンだよな? やっぱり事故のことで不安なのか?」

 待ちに待った二人きりの時間。
 遠野くんは何も知らずに、私の様子を不思議そうに見下ろす。

「まあ、無理もないよな。自分が死ぬかもしれないってんだから。このまま何事もなければそれが一番だけど」

 たった一言。
 あなたが好きだと伝えれば済むことなのに、私の口は貝のように閉じたまま。

 隣の彼を意識すればするほど、私の胸は高鳴っていく。太陽の熱に当てられて汗ばんだ彼の横顔が、いつも以上に魅力的に見えてしまう。
 でも、このままいつまでも黙っているわけにはいかない。

「……あ、あのね、遠野くん!」

 やがて思いきって、私は声を上げた。

「ん。どうした、一ノ瀬」

 地獄の坂の途中で足を止めて、私たちはお互いを見つめ合う。
 セミの声が降ってくる中、海の方から吹き上げてくる風が私たちの制服を揺らす。

「……その……えっと……」

 たった一言なのに。
 あと少しの勇気が、私には持てない。

「……その……私も、ハーバーの方までついてっていい?」

「はっ?」

 愛の告白が、どうしてもできなくて。
 咄嗟に思いついたことを口にしてしまう私。

「いや。ダメだろ。事故現場にはできるだけ近づくなって、向田も言ってただろ」

 言いながら、遠野くんは再び歩き出す。さっきよりも早足で、私は置いていかれそうになって慌てて追いかける。

「で、でも。それなら遠野くんだってあっちの方に近づいちゃダメでしょ?」

「俺は弟に会うためにあそこへ行くんだ。危険は承知の上で行く。そんな場所へ一ノ瀬も一緒に連れていけるわけないだろ。何かあったらどうするんだよ」

 遠野くんはきっと、私のことを心配してくれている。だからこそ、私を連れていくことに反対している。
 けれど、私だって。

「私だって……遠野くんのことが心配だもん!」

 辺りに響く声で私が言うと、遠野くんも、それから周りを歩いていた他の生徒たちも一斉にこちらを見る。
 ちょっとだけ恥ずかしかったけれど、それでも、この叫びは私の本音だった。

 遠野くんのことが心配でたまらない。
 たとえこのまま告白できたとしても、彼を一人であの場所へ向かわせるのは不安だった。

 できれば今日はずっと、彼と一緒にいたい。
 彼の無事を、この目で確認したい。

 遠野くんはびっくりしたような顔で私を見つめていたけれど、やがて我に返ったように、急にその場から駆け出して駅の方へ向かった。

「と、遠野くん!?」

「ついてくんな! 一ノ瀬は早く家に帰れ!」

 半ば叫ぶようにして言いながら、彼は駅の方へ走っていく。
 私を置いて、彼はあの場所へ向かおうとしている。

「私も行く!」

 負けじと私も叫びながら、彼の後を追いかける。そうして二人してJR灘駅の改札を潜り、神戸駅方面のホームへ向かった。

「お、おい。一ノ瀬はこっち向きの電車じゃないだろ。ついてくるなって言ってるじゃないか」

 戸惑う遠野くんに向かって、私は息を切らしながらも、また声を張り上げる。

「遠野くんに何を言われたって、私はついていく! もう決めたから!」

 言い合いを続けながら、私たちはホームに着いた電車に乗り込んだ。
 そのまま電車は南西に向かって動き出し、私たち二人を海の方へと連れていった。