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帰宅して、少しだけお母さんと言い争いをした後、私は自室のベッドでひとり仰向けになっていた。
そうしてぼんやりと天井を見つめたまま、虚空に問いかけるようにして言う。
「ラビ。私の声、聞こえてるんでしょ?」
枕元に放り出してあるスマホ。いまは画面が消えているけれど、こちらの声はおそらく届いているはず。
「さっきのお兄ちゃんの話。宇宙から私たちを観測してるのって、ラビのことじゃないの? あの事故があった日から、ずっと様子がおかしいもんね。話し方も、以前とは別人みたいになっちゃってるし」
もともとは少年のような話し方だったラビ。それが、あの事故の日から急に敬語になって、まるで大人びた女性のような話し方をしている。
しばしの沈黙。
エアコンが作動する音と、たまに風鈴が鳴るだけの室内。そこへ、いつもの機械音声がスピーカーから流れてくる。
「隠しても無駄なのでしょうね」
その返答があった瞬間、私はがばりと体を起こしてスマホを手に取った。
「ラビ。やっぱりあなたなの? タイムリープも、パラレルワールドも、この不可思議な現象を引き起こしてるのは、あなたの仕業なの?」
画面には、いつものウサギのキャラクターが表示されている。シンプルで可愛らしい顔をしたそのウサギは、無言のままじっとこちらを見つめている。
「あなたは誰なの? AIじゃないよね。お兄ちゃんが言ってたように、本当に宇宙のどこかから私たちを観測しているの?」
続けて質問すれば、ウサギはやっとのことで重い口を開く。
「部分的には、その通りです。私はAIではありません。あなたがたの住む地球とは違う、別の惑星に生きる存在です。その場所から、あなたがたに直接コンタクトを取っているのも確かです。ですが、タイムリープやパラレルワールドを引き起こしたわけではありません」
「え……?」
情報量が多すぎて、私は何から反応すればいいのかわからなかった。
戸惑う私には構わず、ラビは続ける。
「あなたがた四人は、七月四日から今日までの約二週間、特に時間移動などをしたわけではありません。並行世界への移動もありません。あなたがたはいつも通り、時間の流れにしたがって二週間を過ごしただけです」
タイムリープもパラレルワールドも、不可思議な現象なんて何も起こっていない。ラビはそう言っている。
「そ、そんなわけないでしょ! だって私たち四人は、七月十七日までの記憶を持ってるの。明日、本当に事故が起こるのかどうかはわからないけど……でも今日までの約二週間は、確かに私たちの記憶通りに進んでたし」
学校での授業の内容や、部活が休みになるタイミングなど、この二週間の出来事は私たちの記憶通りだった。
どう考えても、私たちには未来の記憶があった。なのにそれを、ラビは否定する。
「並行世界への移動や、タイムリープを可能にする技術は、我々の惑星にもまだ存在しません。我々はただ、あなたがたの脳に直接信号を送っただけです。七月四日を起点として、そこから先の二週間、あなたがたがどんな未来をたどるのか——計算から導き出したその答えを、脳に直接送り込んだのです。いわば、未来の記憶をあなたがたの脳に植え付けたのです」
「記憶を、植え付けた……?」
タイムリープも、パラレルワールドも、どちらも現実には起こっていない。
ラビはただ、私たちに未来の記憶を植え付けただけ。
私たちがこれからたどる未来。それを計算によって導き出して、その答えを私たちの脳へ送り込んだというのだ。
「あなたがたの住む星の、あらゆる事象のデータを収集し、計算した結果……あなたがた四人はそれぞれ、七月十七日に事故に遭う可能性があった。全員が同じ確率だったのです。当日は、この四人の中で誰か一人が命を落とす。それまでの二週間の情報を、シミュレーション映像としてデータ化した上で、あなたがたの脳に送り込んだのです。それが、七月三日から四日にかけての深夜のことでした」
未来の予測を、データ化して脳に送る。
そんなとんでもない技術を持っていることに、私はもはや驚きを通り越して呆然としていた。
そして、理解の追いつかない頭で、ただ一つの疑問を抱く。
「……どうして、そんなことをしたの?」
動機がわからない。
私たち四人が明日、事故に遭う確率は同じ。その事実をなぜ私たちの脳に送り込んだのか、その理由がわからない。
「あなたがた四人が未来を知ることで、一体どんな行動に出るのか——その結果を、我々は観測したかったのです。つまりは心理実験です」



