真夏の観測者たち

 
 とりあえず電話に出ようと、私は応答ボタンを押した。

「もしもし。お母さん?」

「真央! あなた、いま一体どこにいるの!」

 耳がキーンとするくらいの怒鳴り声が、スピーカーの向こうから飛んでくる。

「え? いまは、その……」

「GPSだと大阪の方になってるけど、あなた、勝手にそんな遠いところまで遊びにいってるの!?」

 どうやら私が何も告げずに遠出したことを怒っているらしい。スピーカーから漏れ聞こえたお母さんの声に、お兄ちゃんは苦笑している。

「あなた、最近お友達と出掛けることが増えてるわよね。あんまり遊びすぎると不良になるわよ。誘われたら断りにくいのかもしれないけれど、悪いお友達とは縁を切りなさい!」

 悪い友達、と言われて、私はムッとした。
 最近よく遊ぶ友達といえば、遠野くんとハルカちゃん、それから向田くんのことに決まっている。彼らのことを悪く言われるのは、私は許せなかった。

「悪い友達なんかじゃないよ。私の大切な友達のことを、そんな風に言わないで!」

 いつになく私が声を張り上げると、お母さんはびっくりしたように一瞬声を失っていた。

「……ま、真央。あなた、もしかして反抗期なの? 今まであんなに大人しかったのに、一体どうしちゃったの? やっぱり悪いお友達の影響なの?」

 まだ言うか、と私はさらにイライラする。そのまま反論しようとしたとき、横からお兄ちゃんがこちらに手を伸ばして、私のスマホを奪い取った。

「もしもし、母さん? 俺だけど。……うん、そう。真央は俺んちに来てるだけだから。心配いらないって」

 お兄ちゃんがそう対応すると、途端にお母さんの声は落ち着いていった。私の言葉は全然聞いてくれないくせに、相手がお兄ちゃんとなるとすぐにこれだ。

「うん。帰りは俺が車で送るから、安心して。それじゃ」

 お兄ちゃんはいとも簡単にお母さんを言いくるめて、さっさと通話を切る。そのあざやかな話術に、私のイライラはさらに募る。

「そういうわけだから、帰りは俺が車で送ってやるよ」

「いい。いらない。私ひとりで帰れるし」

 いつまでも子ども扱いされるのは、もううんざりだった。

「なんだよ真央。本当に反抗期なのか?」

「私はもう、幼い子どもじゃないの。私にだってできることはあるの。なのに、そうやって二人して私のことを無能扱いするから、私はいつまで経っても自分に自信が持てなかったの!」

 はっきりと不快さを露わにすると、さすがのお兄ちゃんも眉を顰める。

「無能扱い? 別にしてないだろ。俺も母さんも、お前のことが心配だから言ってるだけだろ」

「心配してたら何を言ってもいいの? 口下手だとか、絵が下手だとか。私、お兄ちゃんにウサギの絵を気持ち悪いって言われたの、今でも忘れてないから」

 勢いに任せて、言ってしまった。
 私がずっと気にしていたこと。
 まるで呪いのように耳にこびりついていた、お兄ちゃんの言葉。

「ウサギの絵……って、あれか。お前、まだあのときのこと気にしてたのか」

 どうやらお兄ちゃんも、自分の言葉は覚えていたらしい。どこかバツが悪そうに頭をかきながら、お兄ちゃんはわずかに居住まいを正してこちらへ向き直る。

「悪かったって。あのときは……俺も嫉妬してたんだよ。お前のことが羨ましくて、当てつけてたんだ。当時は俺も子どもだったしさ、もう勘弁してくれよ」

「嫉妬?」