真夏の観測者たち

 
          ◯


 放課後になると、ハルカちゃんと向田くんは桃色の世界をまといながら部活へ向かった。そして私と遠野くんは一緒に下校して、駅前で別れる。

 いつもの流れ。普段ならこのまま電車に乗って家に帰るところだけれど、今日は自宅の最寄駅を通り越して、そのまま東へ向かった。

 車窓から外を眺めてみると、今日はやけに雲が多かった。予報では夕方から雨になるところもあるらしい。

 ここのところ晴れの日が続いているけれど、実はまだ梅雨は明けていない。その事実を主張するかのように、空は今にも雨を降らせそうだった。
 灰色で覆われた薄暗い景色は、私の不安をそのまま映しているようでもある。

 やがて三十分ほどすると、電車は終点のJR大阪駅に到着した。ほぼ満員だった車内から一斉に人が出ていく。その波に乗って、私も改札を目指す。

 大阪は、お兄ちゃんが住んでいる街だ。
 関西の中心地。高層ビルが建ち並ぶオフィス街には、有名な企業が集まっている。

 『今日会える?』という短いメッセージを、お昼休みの間に送った。けれどまだ返事はない。おそらく仕事中なのだろう。

 お兄ちゃんの働くオフィスは、大阪駅と直結したビルの中にある。その低層界は商業施設になっているので、時間潰しも兼ねて私はそこをブラブラすることにした。
 アパレル系のお店には、お洒落な服やアクセサリーがたくさん展示されている。

(遠野くんは、どんなファッションの女の子が好きなのかな)

 和服以外だとどんな格好が好みなんだろう——と、つい浮ついた気持ちになっている自分に気づいて、私は頭を振る。

 いけない、いけない。
 今日はお兄ちゃんと大事な話をするためにここまで来たのであって、勝負服を買いに来たわけじゃない。

 最近の私は暇さえあれば遠野くんのことばかり考えている気がする。こんな状態で明日を迎えて本当に大丈夫なのかと頭を抱えていると、制服のポケットの中でスマホが震えた。

 慌てて取り出して見ると、画面には『一ノ瀬太陽』とお兄ちゃんの名前が表示されている。着信だったので、私はすぐさま応答ボタンを押してそれを耳に当てる。

「もしもし、お兄ちゃん?」

「おお。久しぶりだな、真央。メッセージ見たけど、急にどうした?」

 久方ぶりに耳にする、お兄ちゃんの声。
 学生時代から大阪で一人暮らしをしているお兄ちゃんは、神戸の実家に帰ってくることは滅多にない。

「うん。ちょっと話したいことがあって。よかったら、仕事が終わった後に会えないかな? いま、大阪の方まで来てるの」

「ああ、こっちに来てるのか。じゃあ、そうだな……。六時ぐらいには外に出れると思うから、そのくらいの時間でいいか?」

 待ち合わせの時間と場所を決めて、通話を切る。

 お兄ちゃんの声は、とても落ち着いていた。前に会ったときよりも、さらに大人びていた気がする。

 出来損ないの私と違って、昔から優秀だと言われてきた人。そんなお兄ちゃんを目の前にする度、私は緊張した。
 自分がお兄ちゃんからどんな風に見られているのか、次は何を言われるのか——そんなことばかり気になって、まともに会話したことなんてほとんどなかったように思う。

 そんな臆病だった私が、今日は、自分からお兄ちゃんに会いにいく。
 今までの私なら考えられなかったことだ。

 お兄ちゃんと話して、有益な情報を掴みにいく。
 明日の事故を回避するため。そして、遠野くんたちとこれからも一緒に生きていくために。
 私はなけなしの勇気を振り絞って、約束の時間がくるのを待った。