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七月十六日。
昼休みの食堂で、私たち四人はいつものようにテーブルを囲んでいた。
「ついに明日……だよな」
向田くんが言って、私たちはお互いの顔を見合わせる。
明日、七月十七日の午後七時半ごろ。ハーバーランドの近く、JR神戸駅付近でトラックが歩道に突っ込む。
その事故に巻き込まれさえしなければ、私たちは助かるのか。あるいは別の要因で命を落とすのか。
「あたし、なんか緊張してきちゃった……」
「大丈夫だ、心配すんな。ハルカのことは、オレが必ず守ってやる」
「悠生……」
真昼間から、向田くんとハルカちゃんの空間だけが桃色に包まれている。
これまでも仲睦まじい二人だったけれど、晴れて恋人になったことでタガが外れたのか、もはや周りを気にせず自分たちだけの世界に浸っていた。
そんな二人をものともせず、遠野くんは山盛りのぼっかけピラフを全てたいらげてから言った。
「明日はできるだけ、事故現場からは離れておいた方が良いだろうな。俺もその時間は歩道を使わないようにするし」
彼はただ一人、明日のあの時間にハーバーランドへ向かう。大事な弟さんに会うために、彼は自ら危険な場所へと足を運ぶのだ。
「遠野くん。明日はどうしても、あの場所に行かないとダメ?」
「言っただろ。明日の予定だけは絶対に変えられない。弟が待ってるからな」
どこまでも真っ直ぐな遠野くん。きっと私が何を言ったところで、考えを曲げることはないだろう。
それに私も、弟さんとの事情を聞いてしまった以上、予定をキャンセルしろなんて言えない。
「明日はたとえ何があっても、俺は……悔いの残らない道を選ぶ。いま自分にできることを最大限やる。いま俺が弟にしてやれることは、約束の時間に会いに行くことぐらいだからな」
いま自分にできること。
自分の軸をしっかりと持っている遠野くんは、その行動が自分にとって最優先であることを理解しているのだ。
(私も……何かできることはないのかな)
この四人の中でたった一人、部活も習い事もしていない私。今日も放課後はただ家に帰るだけなので、時間も有り余っている。
このまま何もせずに明日を迎えてしまうと、きっと後悔する。できるならこの時間を有効活用して、最後まで足掻いてみたい。
とはいえ、頭の回転が悪い私にできることなんて、たかが知れているだろうけれど。
——真央はだめな子ね。お兄ちゃんはこんなにしっかりしてるのに。
脳裏でお母さんの声が蘇る。
いつも言われていたことだ。昔から要領の悪い私は、いつだってお兄ちゃんと比較されて、ダメな子だと言われてきた。
そんな私がギリギリの局面で足掻いたところで、状況は何も変わらないかもしれない。
——お兄ちゃんの会社、サイバー攻撃を受けてるんだって。大変よねぇ。でも、会社にはお兄ちゃんがいるから、きっと大丈夫ね。
どんなときも、お母さんはお兄ちゃんに絶大な信頼を置いていた。たとえどんな困難に直面しても、お兄ちゃんがいればすぐに解決できると信じて疑わなかった。
(お兄ちゃんなら、こういうとき……一体どうするのかな)
ふと、そんな疑問が浮かんだ。
いつだって頼りになるお兄ちゃん。そんなお兄ちゃんがもし私たちと同じ局面に立たされたとしたら、どんな行動を取るのだろう。
質問すれば、答えてくれるだろうか。
でも、いまの私たちの状況を説明したところで、きっと信じてくれるはずがない。それに私の拙い話し方じゃあ、そもそも聞く姿勢にすらなってくれないかもしれない。
でも。
——一ノ瀬はもう普通に話せるんだよ。
遠野くんが言ってくれた。
私はもう、幼かった頃の私じゃない。その気になれば、普通の人みたいに話せるんだって。
いまの私なら、お兄ちゃんと面と向かって話せるかもしれない。
真剣に話をすれば、お兄ちゃんも私の言葉に耳を傾けてくれるかもしれない。
無意味かもしれない。
でも、そうじゃないかもしれない。
いま私にできることが一つでもあるのなら、悔いの残らないように、
(できることをやってみよう。放課後は……お兄ちゃんに会いに行こう)



