真夏の観測者たち

 
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 遠野くんの型は、とても迫力があって美しかった。動くときは速く、止めるところはしっかり決まっている。
 途中で気合いを入れる掛け声も、相手を威圧する凄みがあって、見ているだけで圧倒されそうになる。

 やがて遠野くんが動きを止め、演舞が終わったのだと悟る。部屋の中は空調が効いていたけれど、彼の肌はじんわりと汗に濡れていた。

「……まあ、こんな感じ」

「す、すごいよ遠野くん。本当にかっこよかった」

 思わず拍手を送ると、遠野くんはちょっとだけ照れくさそうにはにかむ。

「正直に言うとさ、型は、弟の方が上手かったんだ」

 そう言った彼の顔には、ほんのりと寂しげな笑みが浮かんでいた。

「あいつ自身は、ずっと俺に勝てなかったって思ってたみたいだけど。もともと二歳の年齢差があるからさ、今はまだ能力に差があって当たり前なんだよ。俺がもし弟と同い年だったら、型は間違いなく負けてたと思う」

 年齢のせいで能力にも差が出るという話は、以前彼が私にも言ってくれたことだった。
 幼い頃に、お兄ちゃんが私を口下手だと指摘したこと。それは年齢差があるのだから仕方のないことだったのだと。

「弟はもともと、良いものを持ってたんだ。それに真面目で、練習も人一倍努力する奴だった。なのに……周りに馬鹿にされて、流されて、どんどん自信をなくしていった。俺が何を言っても駄目だった。弟からすれば、俺は永遠に勝てないライバルだったから。俺が何かを言えば言うほど、あいつは自分を追い込んでいった」

 言いながら、彼の視線は足元へ下がっていく。その横顔には、隠しきれない悔しさが滲んでいる。

「あいつは周りに翻弄されて、自分自身を見失ったんだ。すげえもったいないって思った。なんで周りのどうでもいい奴らの意見なんかに流されるんだよって。放っておけばいいのにって。周りから何を言われたって、自分は自分だろ? 価値観の合わない奴にわざわざ合わせる必要なんてない。いつだって『在りたい自分』で在ろうとすれば、心がブレることなんてないはずなのに」

 在りたい自分。
 それはきっと、理想の『なりたい自分』とは少し違う。

 理想に囚われて、無いものねだりをする必要はない。ただ、いま自分の中にある『良いもの』を見つけ出して、それを肯定して生きていくこと。

「……遠野くんは、強いね」

 遠野くんはとても強くて、自分を持っている人。
 在りたい自分で在ろうとする人。

 学校では『ケンカが強い』なんて噂のある彼だけれど、彼が何より強いのは、その心だ。
 実際、彼が誰かと殴り合いのケンカをしているところなんて見たことがない。噂話なんて勝手に周りの誰かが言い出しただけで、彼の本当の姿を表しているわけじゃない。

 彼の心には芯があって、けっして自分を見失うことはないし、物事の本質も見極められる。
 そして、こんな私のことも、ちゃんと見てくれる。

(やっぱり、好きだなぁ……)

 私も、彼のように強くなりたい。
 強くなって、できるならこれから先も、彼のことを隣で見ていたい。

 たとえ二日後、あの事故の日に何があったとしても、死にたくない。

 いまの私に何かできることがあるのなら、最後まで足掻きたいと思った。