「あいつらも一応、真面目に考えてたんだな。七月十七日のこと」
遠野くんが言って、私もそのことを思い出す。
向田くんもハルカちゃんも、二人とも三日後の事故のことを気にしていた。
当日は、何が起こるかわからない。たとえあの場所に近づかなくても、他の要因で誰かが命を落とす可能性はある。
それを危惧していたからこそ、あの二人は今日、お互いの想いを伝え合ったのだ。
(私も、遠野くんのことが好き、だけど……)
私もあの二人のように、今のうちにこの気持ちを彼に伝えるべきなのだろうか。
けれど今ここで私が告白したところで、この想いが成就する可能性はとても低い。それに最悪の場合、フラれた後にお互い気まずくなって、残りの時間はもう顔を合わせることもできなくなってしまうかもしれない。
なら私は、たとえこの想いを伝えられなくても、ただ最後の瞬間まで彼の隣にいたいと思った。
ハルカちゃんたちのように恋人にはなれなくても、私は遠野くんと一緒にいられるだけで幸せだったから。
やがて私たちの足は、私の自宅前へとたどり着く。
「それじゃ。明日は道場を見に来るんだったよな。また連絡するから」
お互いに手を振り合って別れる。
三日後のことは不安だけれど、それでも今日は、楽しい一日を過ごすことができて良かった。
明日もまた、彼に会える。
そう思うと、私はただそれだけで、いま生きていることに喜びを感じられる。
と、視線の先で、遠野くんがもう一度こちらを振り返った。
「一ノ瀬」
そう改めて名前を呼ばれて、私は顔を上げる。何か言い忘れたことでもあったのだろうか。
「……その浴衣、本当に似合ってたから」
そう、遠野くんはわずかに上擦った声で言った。
「え……?」
心臓が、また跳ねる。
昨日、ハルカちゃんと一緒に選んだこの浴衣。遠野くんに見せるために、真剣に悩んで買ったこの浴衣を、彼は改めて褒めてくれた。
「じゃ、また明日」
そう言って歩き去る彼の姿は、すぐに見えなくなった。
そして私はといえば、彼の口にしたあの短い言葉だけで、全身が震えるほどの高揚感に包まれていた。
(……この浴衣、脱ぎたくないなぁ)
帰ったらすぐにでもシャワーを浴びたいと思っていたけれど、せっかく遠野くんが褒めてくれたこの浴衣を脱ぐのはもったいない気がしてしまう。
「人間の恋心というものは、不思議ですね」
と、どこからともなく急に声が聞こえて、私は飛び上がりそうになった。
「あっ……ラ、ラビ? いきなり何を言い出すの!?」
声の正体は、スマホから聞こえるラビのものだった。画面を見ると、いつものウサギのキャラクターがこちらをじっと見つめている。
「ハルカも悠生も、お互いに恋心を抱いていて、同じタイミングで告白しようとしたのですね」
ハルカちゃんと向田くん。その名前を聞いて、私はハッと我に返る。
どうやらラビの言う『恋心』というのは私のことではなく、その二人のことを指していたらしい。
「え……、あ、うん。そうだね。二人とも、お互いのことはずっと前から好きだったんだろうけど」
「お互いの想いを伝え合うことで、人間は番いになります。大切なパートナーを得て、守るべき存在ができると、生存本能はより高まると聞きます」
番い。
なんだか生々しい言い方だなと思ってしまうのは、私の考えすぎだろうか。
「ハルカと悠生は番いになったことで、生存本能が高まりました。したがって七月十七日に命を落とすのは、真央か彼方の可能性が高まっています」
その言葉で、私は一気に現実に引き戻されたような気がした。
例の事故の日に命を落とすのは、私か遠野くんのどちらかだとラビは言っている。
「……もう。今はそういう話はしないでよ。せっかく今日は楽しく過ごせたのに」
私が不満を露わにすると、ラビは「すみません」とすぐに謝った。
やっぱり悪意はないんだろうなと思う。それに、今回はすぐに謝ってくれたので、前よりも私の言葉を聞いてくれようとしている姿勢が見える。
「いいよ。ラビは、私のことを心配して言ってくれてるんだよね? 私も、もちろん死にたくないって思ってるよ」
事故が起こる日まで、あと三日。
不安を拭うことはできないけれど、それでも以前に比べれば、私は生きることに対して前向きな気持ちでいられるようになっていた。



