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 午後八時過ぎ。
 みなとまつりも終わりを迎え、人の姿もまばらになってきた頃。

 会場の奥にある海沿いの段差に腰掛けて、私たち四人は海を見ていた。
 すぐそばでは『BE KOBE』という文字を象ったモニュメントがライトアップされていて、海を背景に記念撮影をする人もいる。

「一ノ瀬。確か九時までに家に帰らないといけないんだよな? そろそろ駅に向かった方がいいか」

 左隣に座る遠野くんが言った。
 いつもは八時が門限だけれど、今日はお祭りがあるからと特別に一時間だけ遅くしてもらっている。それでも短いと感じてしまうのは、私のワガママだろうか。

 三人はまだ時間があるようなので、私に合わせてもらうのは気が引けた。
 それに何より……と、右隣のハルカちゃんを見る。

 彼女は膝の上で両手の指を擦り合わせながらそわそわとしていた。
 今日、彼女は向田くんに告白するつもりでいる。そのタイミングを計っている緊張感がこちらにも伝わってくる。

 私の門限があるからと解散を早めてしまうと、彼女の心に余裕を持たせてあげられない。

「ハルカちゃん……」

 こういうとき、どんな言葉をかければ彼女のためになるのだろう。
 大丈夫? と聞くのも違う気がして迷っていると、

「真央。あたし、いくよ」

 と、ようやく決心がついたような声でハルカちゃんが言った。
 どうやら心の準備ができたらしい。というより、やはり私の門限のせいで急かしてしまったのだろうか。

 申し訳ない気持ちになりつつも、隣でゆっくりと立ち上がった彼女を静かに見上げる。
 そうして彼女が何かを言おうとした、そのとき。

「……ばっっっかやろおおぉぉ———!!」

 すぐ近くで、誰かの絶叫が上がった。
 びっくりして見ると、公園の端で、二十代くらいの女の人が海に向かって叫んでいた。

 声はこだますることもなく、暗い海の先へと吸い込まれていく。彼女の隣で、おそらく友人と思しき別の女性がけらけらと笑っていた。

 ストレス発散の叫びだろうか。
 何か、仕事で嫌なことでもあったのかもしれない。あるいは彼氏にフラれたとか。

 どちらにせよ、彼女の表情は晴れない。
 叫んだことによって少しでも気持ちが楽になったのならいいのだけれど。

「ははっ。いいな、あれ」

 向田くんが言った。
 彼はすぐさまその場に立ち上がると、女性の真似をするようにして海へ近づいていく。

「え。ちょっと悠生。まさかあんたも叫ぶの? さすがに恥ずかしいからやめときなって」

 祭りが終わったとはいえ、まだ周囲には人がいる。ここで大声を叫ぶとそこそこ目立つ。

 けれど向田くんは足を止めない。公園の端の、転落防止の柵に掴まって、それから彼は一度だけこちらを振り返った。

 その瞳は、まっすぐハルカちゃんを見ていた。口元には笑みが浮かんでいるけれど、いつものような飄々とした感じはない。
 どことなく真剣な眼差しで、彼はハルカちゃんだけを見ている。

「え、なに? どしたの?」

 しばらく無言のまま見つめられて、ハルカちゃんは戸惑う。
 私も一体どうしたんだろうと不思議に思っていると、向田くんはまた急に海の方を振り返って、柵の上から身を乗り出すようにして、まさかの言葉を叫んだ。

「……ハルカぁ! 好きだああぁ———!!」