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祭りの会場は、『メリケンパーク』と呼ばれる港湾緑地だった。
海の目の前、港のそばにある広々とした公園で、ハーバーランドからも歩いて行ける距離にある。
潮風の香るそのエリアは、すでに多くの人で賑わっていた。
入口のアーチを潜ると、まずはキッチンカーの列が見えてくる。からあげに焼きそば、チーズハットグにステーキなど。あちこちから漂ってくる香ばしい匂いが、さっそく胃に訴えかけてくる。
「あ、かき氷! あたしあれ食べたい!」
途中に見えた『氷』の看板に、ハルカちゃんは目を輝かせる。
空はオレンジ色に染まって日暮れも近いけれど、暑さはまだまだ健在だ。火照った体を少しでも冷まそうと、私も同じようにかき氷を求める。
結局、四人全員でかき氷を一つずつ買う。ハルカちゃんはイチゴ、私はレモン、向田くんがメロンで、遠野くんはハワイアンブルー。
それぞれ色は違っても、実はシロップの味は全部同じ——なんて噂を聞いたことがあるけれど、あれは本当なのだろうか。
会場の奥へと再び足を進めながら、手元のストローで氷をすくい、口へ運ぶ。シャリシャリとした冷たい感触と、甘いシロップの味が舌の上に広がって、思わず笑みが零れる。
やがて次に見えてきたのは音楽のライブステージだった。アップテンポな曲に合わせて、浴衣っぽい衣装を着た女性グループが歌を披露している。
「なんかさ、今日はお笑いコンビも来てるって聞いたぞ。このステージでネタをやってくれるらしい」
「えっ、そうなの? 誰だろ。有名な人かな?」
向田くんとハルカちゃんが盛り上がる隣で、遠野くんは冷静にパンフレットを確認する。そこに書かれたコンビ名を彼が口にすると、二人はそろって歓喜の声を上げた。
音楽ライブに漫才、それからダンスと、ステージの上は目まぐるしく変化する。それらを楽しみながら、私たちは他の屋台も回って美味しいものを食べ歩いた。
やがて空も暗くなって少し歩き疲れてきた頃、私は足の指に痛みを覚えた。
見ると、右足の人差し指のあたりが赤くなっている。どうやら下駄の鼻緒が擦れて、皮がむけてしまっているようだ。
「あー……それ痛そうだね、真央」
隣からハルカちゃんが覗き込んで言う。それから彼女は手にした巾着を開け、中から絆創膏を一つ取り出した。
「はい、これ。こんなこともあろうかと用意してたの。えらいでしょ。褒めてもいいよ?」
彼女はそう得意げに言いながら、私に絆創膏を手渡してくれる。実際、私はとてもありがたかったので、素直に感謝と賛辞の言葉を贈った。
ちょうど近くに腰掛けられそうな段差があったので、私はそこに座って足元へ手を伸ばす。けれど慣れない浴衣を着ているせいで、うまく体を曲げられなかった。無理やり手を伸ばそうとすれば、せっかくの浴衣が着崩れてしまいそうになる。
そんな私を見兼ねたのか、
「貸せ。俺が貼ってやる」
と、そう申し出てくれたのはまさかの遠野くんだった。
「えっ? いや、いいよ、そんな。自分でできるし」
彼の気遣いは嬉しかったけれど、さすがに私の足なんかを触らせるなんて彼に申し訳がない。
「いいから貸せって。すぐ終わるから」
彼は私の手から絆創膏を奪うと、私の足元に膝をつく。そうして私の右足を持ち上げて、丁寧に絆創膏を巻いてくれる。
足先に感じる彼の手の感触が、くすぐったかった。
なんだか申し訳ないという気持ちと共に、彼に優しくされて嬉しいという気持ちが合わさって、胸の鼓動が早くなる。
「へー。意外と優しいところあるじゃねえか、遠野」
「なんか良い感じだよねー、二人とも」
向田くんとハルカちゃんは、またしてもニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて私たちを眺める。
「何がだよ。別に何も変なことはしてないだろ」
遠野くんは相変わらず冷静に言う。
対する私は、この胸の高鳴りを悟られないようにするのに必死で。
バクバクと跳ねる心臓の音が彼に伝わってしまわないかと、ずっと緊張したまま顔を俯かせていた。



