七月十四日の夕方。
西の空へ陽が傾き、昼間の猛暑も少しずつ落ち着いてきた頃。三ノ宮とハーバーランドの間にあるJR元町駅の改札前で、私たち四人は集合した。
「じゃーん! どう、どう? 浴衣姿、似合ってる?」
長い髪を珍しく後頭部へ結い上げたハルカちゃんは、向田くんと顔を合わせるなり、全身を見せつけるようにしてその場で一回転してみせた。
彼女の浴衣は、紺色の生地に白っぽい花の柄があるものだった。月下美人という花で、夜にだけ咲くという美しくも儚いもの。
花言葉には『秘めた情熱』などがあるらしく、ハルカちゃんはその点も気に入ってこれを選んだのだった。
「へぇー。そういう大人っぽい浴衣でも意外と似合うもんだな。中身はまだガキっぽいのに」
「ガキっぽいって何!?」
向田くんが茶化すように言って、ハルカちゃんが吠える。いつも通りの風景にも見えるけれど、二人ともどことなく照れ隠しが混じっているような雰囲気があった。
そして私は、ハルカちゃんに選んでもらった淡い色合いの浴衣を纏っていた。
アイボリーの生地に、赤とピンクの椿があしらわれたもの。葉っぱの緑も入っていて、派手すぎない愛らしさのある柄だった。
「ほら、真央の浴衣も可愛いでしょ。遠野も何か言ってやってよ」
「ちょ、ちょっとハルカちゃん……!」
彼女は私の背中をぐいっと押して、無理やり遠野くんの前に立たせる。
そうして目の前に迫った彼の顔を、私は恐る恐る見上げた。
相変わらず背の高い彼は、まるで壁のようにそびえる。いつもの制服姿ではなく、ラフで涼しげな格好の彼は無言のままこちらを見下ろして、査定でもするように頭のてっぺんから足元までを何度も眺める。
「……や、やっぱり、似合ってない、かな?」
遠野くんの顔は笑っていない。どこか威圧感のあるその眼差しに、私は段々と居た堪れなくなってくる。
和服美人が好き、という垂れ込みのあった彼。もしかしたら着物の着こなし方についても厳しい目を持っているのかもしれない。
だとすれば、普段から和装に馴染みのない私が急にこんな可愛い浴衣を着たところで、逆に彼の反感を買う羽目になってしまうのでは——と、後ろ向きなことばかり考えていると、
「……良いと思う。似合ってる」
ぼそりと、彼は小さな声で言って、すぐに視線を逸らした。
「あれ? 遠野、もしかして照れてる?」
ハルカちゃんが聞いても、彼は答えない。いつもとはどこか違う反応に、向田くんも「おお?」と彼の顔を覗き込む。
「おい遠野。もしかして満更でもないって感じか?」
「うるさいな。どうでもいいだろ」
遠野くんはそう面倒くさそうに答えたけれど、否定はしなかった。
そんな彼のことを、向田くんとハルカちゃんはニヤニヤとした顔で眺める。
もしかしたら、意外と好感触だったのかもしれない。
だとすれば、ハルカちゃんのおかげだ。遠野くんが和服を好きだということを教えてくれたのも、私にこの浴衣が似合ってるとすすめてくれたのも彼女だったから。
「おっし。それじゃ、さっそく向かうか! みなとまつり!」
向田くんが言って、私たちは四人そろって歩き出す。
まっすぐ海へと続く道に、カラコロと下駄の音が響いた。



