◯
その夜。
風鈴の涼やかな音を聞きながら、私は自室のベッドで仰向けになってぼんやりとしていた。
明日はいよいよ、みんなでみなとまつり。
ハルカちゃんと選んだ浴衣を、遠野くんは気に入ってくれるだろうか。そんなことばかり考えてしまう。
「真央」
と、誰もいないはずの部屋に声が響く。
見ると、枕元にあったスマホの画面には見慣れたウサギのキャラクターが映し出されていた。
「ラビ。また勝手に起動したんだね」
アプリを開いた覚えはないのに、ラビは勝手に私に話しかけてくる。
先日のサイバー攻撃があった日から、ずっとこんな調子だった。口調も敬語のままだし、あきらかに様子がおかしい。
「真央。十七日が近づいてきましたね」
加えて、ラビはいつも例の事故のことばかり気にしている。
明日はお祭りで、せっかく気分も高揚しているのに、こうやって暗い話題を出されると水を差された気持ちになる。
「わかってるよ。でも明日はお祭りだから。今はそっちに集中したいって思ってる」
「しかし、時間は待ってはくれませんよ。このまま十七日を迎えれば、あなたたち四人の中で誰かが命を落とすかもしれません」
「そんなの、絶対にそうなるとは限らないよ。四人全員が生き残る方法だって、きっとあると思う」
誰か一人が死んでしまう未来なんて、想像したくもない。
遠野くんもハルカちゃんも向田くんも、みんな生きていてほしい。それに私だって、まだ死にたくない。
「真央は、四人全員が生き残る道を望んでいるのですね」
そんなラビの言葉に、何を今さら、と思った。
「当たり前でしょ。どう考えたって、それが最善の結果なんだから」
「ですが真央。あなたたちが予見した未来は、誰か一人が必ず命を落とすというものです。逆に考えれば、その一人さえ決めてしまえば、他の三人は助かるということです。ハルカか、悠生か、彼方のうちの誰か一人が亡くなれば、真央は生き延びることができます。あなたが助かる可能性を高めることができるのに、なぜこの選択をあえて放棄しようとするのですか?」
その発言は、とても無機質で冷たいものだった。
自分以外の誰かが死ぬことで、私は助かる。その選択を、ラビは推奨している。
「この世界は弱肉強食です。そしてこの世に生きる生物は皆、それぞれ生存本能を備えています。自らの命を守ることを最優先と考えるのが一般的なはずです。なのになぜあなたは、自分の身を危険に晒すような道を選ぼうとするのですか?」
このまま話し合いを続けても、埒は明かないと思った。
きっとAIであるラビには、私の気持ちなんて理解できないのだ。
「もういい。私、もう寝る」
そう突き放すように言って、私は部屋の照明を消した。これ以上話していても私がイライラするだけだ。
「真央。話はまだ終わっていません」
「もういいって言ってるでしょ。それ以上続けるなら、ラビのこと、アプリごと消しちゃうよ」
半ば脅しのようなことを言うと、さすがにラビも大人しくなった。
「……すみません。あなたを怒らせるつもりはなかったんです。ただ、私には理解できないことが多くて……」
急にそんなしおらしい声を出されると、なんだか私も罪悪感を覚えてしまう。ラビは機械だから感情なんてないはずなのに、その声はどことなく寂しげだった。
ラビはきっと、悪気なんてないのだ。
悪気もなく会話で相手を怒らせてしまうその様子は、なんだか過去の私自身を彷彿とさせる。
とはいえ、私のイライラはまだおさまっていない。それに段々と眠くなってきたので、続きはもう今度でいいか、とぼんやりと考える。
そうして意識がゆっくりと落ちていく中で、ふと疑問が一つ浮かび上がった。
(あれ? そういえば……)
ふわふわとした思考の中で、ラビのことを考える。
サイバー攻撃が起こったのは、確か事故のあったあの日。七月十七日の夜だった。
そしてその後、私たちは過去へ戻った。今日は七月十三日で、まだサイバー攻撃は起こっていないはず。
なのになぜ、ラビの口調は今も変化したままなのか。
辻褄の合わないその現象を、私はぼんやりとした頭で考える。
けれど睡魔の波は容赦なくやってきて、私の意識はすぐに夢の中へと溶けていった。



