真夏の観測者たち

 
          ◯


 事故が起こる七月十七日は、刻一刻と迫っていた。

 私たち四人の見たあの光景が、現実になるのかどうかはわからない。できればあれはただの夢で、当日は何事もなく平和に過ぎ去ってほしいと思う。

「一ノ瀬。帰り、駅まで一緒に歩かないか?」

 ここ最近、遠野くんはこうして私を誘ってくれることが多くなった。まるでそれがいつもの流れのように、私は二つ返事で了承する。

 二人で肩を並べて校門を出ると、眩しい太陽の下で地獄の坂が待っている。帰りは下り坂とはいえ、炎天下を延々と歩くのはなかなか骨が折れた。

 けれど、こうして遠野くんと二人でいると、不思議と体の疲れは軽くなる。むしろ、彼の隣にいられるこの時間は、他のどんな瞬間よりも貴重で、大切なもののように感じる。

「最近、よく笑うようになったよな」

 ふと、彼がそんなことを言った。

「え。そ、そうかな?」

「ああ。まあ、最初の頃も愛想笑いはよくしてたけど。最近は、自然に笑ってる感じがする」

 優れた観察眼を持つ彼が言うのだから、きっとそうなんだろうな、と思った。
 私は自然と笑えている。それはどう考えても遠野くんのおかげだった。
 それに、

「そういう遠野くんも、最近よく笑ってくれるようになったよね?」

「ん、そうか?」

 彼は自覚していないかもしれないけれど、こうして他愛もない会話をしている時、彼は口の端をちょっとだけ吊り上げて笑う。
 本人は無意識なのだろうけれど、教室で仏頂面をしているときのイメージとは全く違う彼の顔を、私は何度も目にしている。

 こんな時間が、これからもずっと続けばいいなと思う。
 そしてそんな気持ちを抱く度に、七月十七日の事故のことが頭を過ぎる。

 やがて駅前に到着すると、私たちは別れる。私はJR、遠野くんは阪急電車を利用する。

「じゃあな。また明日」

 そう言って離れていく彼の姿を見送るのが、私はなんだか寂しかった。
 もっと彼と一緒にいたい。彼のことを、もっと知りたいと思ってしまう。

「ね、ねえ。遠野くん!」

 つい彼のことを引き止めたくなって、私は彼の名を呼んだ。
 そうして不思議そうにこちらを振り返った彼に、私は咄嗟に頭に浮かんだことを口にする。

「今度、空手の練習を見に行ってもいい? 邪魔にならないようにするから」

 その申し出は、今までの私では考えられないくらいに積極的なものだったと思う。
 ただでさえ人と関わるのが苦手な私が、自分からこんなことを言うのは初めての事だった。

「おー……別にいいけど。でも、練習風景なんてそんな面白いもんじゃないぞ。すげえ汗臭いし。それでもいいのか?」

「うん。私、遠野くんが空手をやってるところを見てみたい。遠野くんが練習してるところを見たいの」

 その発言は私なりに、かなり勇気を振り絞ったものだった。

 空手の風景が見たいのではなく、遠野くんの練習している姿が見たい。
 好きな人が頑張っているところを見たいという気持ちだった。

 遠野くんは少しだけ何かを考えた後、わずかに視線を逸らして言った。

「……なら、次の月曜でもいいか? みなとまつりの次の日。海の日だから、学校も休みだろ。道場も休みだから、当日は俺ぐらいしかいないし」

 その返答は、了承の合図だった。
 私は初めて、こうして自分から約束を取り付けたのだ。

 自分の気持ちに素直になること。
 それを私は遠野くんから教えてもらった。

 自分が本当はどうしたいのか、ちゃんと口にして、行動に移す。
 それを大切にすれば、私はこれから先も、掴み取りたい未来を選択できるのではないか——と、そんな風に前向きな気持ちになるのだった。