真夏の観測者たち

 
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 帰宅してシャワーを浴びると、頭の中がすっきりした。汗と一緒に、余計な感情を洗い流していく。

 周りに何を言われても、真に受けなくていいと遠野くんは言ってくれた。その他大勢からどんな批判を浴びたとしても、私の持っているものは変わらないのだと。

 そして、

 ——俺はさ……この絵が好きなんだよ。一ノ瀬の描くウサギの絵。

 好き、と言ってくれた。
 お兄ちゃんに気持ち悪いと言われた私の絵を。

 遠野くんのその一言が、私にとってどれだけ救いになったか。私の口ではきっと伝えきれない。言葉にならなかった心の熱が、全身をずっと包んでいるのがわかる。

 お風呂場を出た後も体は火照ったままで、エアコンの効いたリビングへ行ってもまだ暑かった。さらに扇風機をつけて風に当たっていると、スマホにメッセージが届いているのに気づく。

『やほー真央 さっき遠野と何話してたの?』

 ハルカちゃんからだった。
 彼女はあの後もグラウンドで走り込みをしていたはずだけれど、いつのまに私たちのことに気づいたのだろう? こちらが窓辺で話していたので、外からも見えていたのだろうか。

『普通に話してただけだよ どうして?』

 さすがにウサギの絵のことは言いにくいし、それとなく受け流そうとすると、

『なんか 二人とも良い感じだったよね』

 良い感じ、とハルカちゃんは言った。
 彼女がこのワードを使うときは、決まって恋愛関係の意味が含まれている。

『真央 あいつと一緒のときはよく話すよね』

 そんな指摘を受けて、私の体はますます熱を帯びる。
 ハルカちゃんはきっと何か誤解している。
 私が遠野くんと話せるのは、彼が話しやすい雰囲気を作ってくれるからだ。私が口下手でも気にしないと言ってくれるし、言葉選びに時間がかかっても急かさずに待ってくれる。

『実際のところどうなの? 真央は遠野のこと気になったりしてる?』

 気になる、というのは、おそらく好きだということ。
 そういう話は、私とは無縁のはずだった。ただでさえ人とコミュニケーションを取るのが下手な私に、恋愛なんてハードルが高すぎる。
 なのにハルカちゃんはお構いなしで、次から次へと追い討ちをかけてくる。

『遠野って雰囲気はちょっと怖いけどさ 顔はけっこう綺麗めだよね』
『彼女がいるって話はまだ聞いたことないし 今が狙い目かもよ』

 そうやってぐいぐい来られると、嫌でも意識してしまう。遠野くんのこと。
 でも違う。私の彼に対する気持ちはそういうのじゃない。ただ尊敬しているだけ。

 それに、私みたいに欠点だらけの女子に好かれたところで、遠野くんはきっと困ってしまうだけだから……。

 ——一ノ瀬は、いつもブレーキかけてるよな。学校でも。何か言いたそうなときでも、我慢してるっていうか。

 ふと、遠野くんに言われたことを思い出す。
 これは確か、最初に彼と話したとき。あの事故の直前に彼から言われた言葉だ。

 ——自分が本当はどうしたいのか、ちゃんと言え。言葉を考えるのに時間がかかるなら、いくらでも待ってやるから。

 私が本当はどうしたいのか。
 彼とこれから、どうなりたいのか。

 周りの意見も、自覚している短所も、ぜんぶ取り払って、丸裸の私が望むもの。
 身の丈に合わないと思っていても、欲しくて仕方のないもの。

 私が本当に掴み取りたい未来。
 その答えはもう、決まっている。

(私は、遠野くんとこれからも一緒にいたい。……遠野くんのことが、好きなんだ)