真夏の観測者たち


「だからさ」

 と、遠野くんはさらに続ける。
 まだ他にも落胆させてしまったことがあるのかと、私は身構える。けれど彼は、

「俺は、一ノ瀬にはもっと自分に自信を持ってほしいんだよ。せっかく良いものを持ってるんだからさ、それを卑下して隠したりしないで、もっと胸張って堂々とすればいいと思う。なんならそのウサギの絵だって、周りに自慢して見せびらかしてもいいくらいだ」

 私が良いものを持っている、と遠野くんは言ってくれる。
 お兄ちゃんには気持ち悪いと言われた私の絵を、彼は評価してくれている。

「デザインの応募だってさ、すげえ数だっただろ。その中からたった一人選ばれたんだからさ、一ノ瀬の絵はそれだけ魅力的だったんだよ。兄貴がどう言ってようが、選ばれたことは事実なんだ。だから一ノ瀬はもっと、自分のことを誇っていいんだよ」

 私に自信を持てと、彼は何度も言ってくれる。
 そんな風に言われたら、私もつい彼の優しい言葉に身を委ねたくなってしまう。
 けれど、

「……私が選ばれた後、絵画教室のみんながね、私の絵を見て笑ったの。こんなの大したことないって。こんなレベルで選ばれたのが不思議だって、みんな笑ってた」

「はあ?」

 当時の光景を思い出すだけで、体が震えてきてしまう。
 みんなが私の目の前で、私の絵の悪いところを言い合っていた。左右非対称で線もふらふら。奥行きも質感もリアルさが無い。

 私の絵が貶されたその日から、絵画教室での私の居場所はなくなった。私がどんな絵を描いていても、周りの誰かが必ず悪い点を指摘して笑う。

 最終的に、その場に居づらくなった私は教室に通うのをやめた。お兄ちゃんから『気持ち悪い』と言われたのもその頃だった。

「いやいや。そんなの真に受けるなよ。嫉妬に決まってるだろ。新参者がいきなりスポットライトを浴びて悔しかったんだよ、そいつらは」

「嫉妬……」

 本当にそうなのだろうか。
 私みたいな存在感の薄い人間に、みんながそんな風に嫉妬したりするのだろうか。

「なあ、一ノ瀬。俺はさ……この絵が好きなんだよ。一ノ瀬の描くウサギの絵」

 ペットボトルを握りしめたまま、遠野くんは言う。

「だからさ、そうやって卑下するのは頼むからやめてくれよ。周りのその他大勢が何を言っててもさ、俺と、それからこの絵を選んだ審査員たちは、この絵が良いって感じたんだ。それは間違いじゃないだろ?」

 彼は、私の絵を褒めてくれる。
 それに絵だけじゃない。私が気にしていた他のことも含めて、彼は私を肯定してくれる。

「今ここで、俺一人だけがこの絵を好きだって言っても、それだけじゃ足りないか?」

「……そんなこと、ない」

 気づいたときには、私の頬は濡れていた。

 たとえ周りの人たちに何を言われても、お兄ちゃんに否定されても、遠野くんはきっと、私のことをちゃんと見てくれる。
 こんな私にも良いところがあるんだって、その部分を見つけて、私を肯定してくれる。

「私……すごく嬉しい」

 たった一人だけでも、私の心に寄り添ってくれる人がいるのなら、私はきっと生きていける。
 こんな私でも、生きていたいって思える。

(私、やっぱり……死にたくない、かも)

 彼の隣で、もう少しだけ生きてみたい。
 そして、できることなら私も、彼のために何かができる存在でありたいと思った。