真夏の観測者たち

 
 その指摘に、私は全身が強張るのを感じた。

 今まで、できるだけ思い出さないようにしていた記憶。
 ずっと前に心の奥へ封印したはずのその過去を、遠野くんに暴かれてしまった。

「……な、なんで……」

 なんでわかったの。

 このペットボトルには昔、確かにウサギの絵があった。
 今から九年前、私が小学一年生のときに、発売三十周年を記念して色んなキャンペーンが実施された。その中に、期間限定でパッケージにマスコットキャラクターを登場させるというものがあって、そのキャラクターのデザインの募集があったのだ。

 私が絵画教室に通い始めてすぐ、先生がみんなでこれに応募しようと言ったので、私も参加した。そうしてウサギのキャラクターを描いて送ると、それがまさかの当選を果たしたのだ。

 とはいえ、私の拙い絵がそのままパッケージに載るわけじゃない。私のデザインを元にして、プロのイラストレーターさんが清書をしたものが正式なパッケージとなった。

 だから、私のこの下手くそな絵がそのまま採用されたわけじゃない。それに応募したときはペンネームを使っていたので、私の本名が発表されたわけでもない。なのにどうして、遠野くんがその事実を知っていたのか。

「俺の家、道場だからさ。スポーツ関係の企業と色々繋がりがあるんだよ。その中で、人伝に情報が流れてきたんだ。ここにあったウサギの絵をデザインしたのは、俺と同じ神戸市内に住んでる女の子で、しかも俺と同い年だっていうからびっくりした。当時はまだ小学校に入ったばかりだったし、俺も空手のことで伸び悩んでる時期だったから、自分と同い年の女の子がそんな快挙を果たしたって聞いて、すげえ感動したんだ」

 そう語る遠野くんの声には、確かな熱がこもっていた。もしかしたら彼にとっては、当時の私は実際よりも輝いて見えたのかもしれない。

「……個人情報を聞き出すのは悪いと思ったんだけどさ、デザインした女の子の名前はそのときに知った。俺と同い年の、『一ノ瀬真央』。その名前を、俺はずっと忘れずに覚えてた。いつかどこかで会えるかもしれないと思って……そしたら、この高校へ入学したときに、同じクラスに名前があるのに気づいた。びっくりしたよ。一ノ瀬は俺のことなんて何も知らなかっただろうけど、俺にとっては、子どもの頃からの憧れの存在だったんだ」

 どくん、と心臓が跳ねる。
 憧れの存在だなんて。私にはそんな風に言ってもらえる資格はない。

「一ノ瀬がどんな奴なのか、俺はずっと気になってた。絵が上手くて、将来はイラストレーターとか、そういう仕事を目指してる奴なのかなって。あるいは発想力が豊かで、奇抜なアイデアを次々と出せるような面白い奴なのかなって。……でも、実際に会ってみた一ノ瀬は、俺のイメージとは違った。いつも自信なさげで、自分にブレーキかけてて、毎日が窮屈そうな生き方をしてた。何か言いたいことがあっても我慢してる感じで、自分を殺してて、すげえもったいないって思った」

 ああ、やっぱり。
 実物の私は、遠野くんの理想とはかけ離れていたのだ。

 頭の回転が遅くて、何の取り柄もなくて。
 イラストのデザインが選ばれたのだって、運が良かっただけ。あれを応募したときはまだ絵画教室に通い始めてすぐだったし、絵の技術なんて何もなくて、ただ幼い子どもの感性で描いただけ。

 私の実力でちゃんと掴み取ったものは何もない。
 やっぱり私は周りの認識の通り、一人では何もできない落ちこぼれの妹なのだ。