気持ち悪い、と言われた絵。
それを私は、性懲りもなく今でも描き続けている。
「……どうして、それが私のだってわかったの?」
この絵を遠野くんに見せた覚えはない。なぜ私が描いたものだとわかったのか、その理由が謎だった。
「どうしてって、授業中によく描いてるだろ。ノートの端とかに」
どうやら見られていたらしい。遠野くんの観察眼には目を見張るものがあったけれど、まさかここまでとは。
「そ、そっか。見られちゃってたんだ……。なんかごめんね、ヘンなもの見せちゃって」
「ヘン? 何がヘンなんだよ?」
遠野くんは真顔で聞いてくる。
「いや。だってそれ、気持ち悪いでしょ? 私、絵のセンスもないし」
センスもなく、気持ち悪いと言われた絵を、私は暇さえあればつい描いてしまっている。せめて人様の目には触れないようにとこっそり描いていたつもりだったのに、遠野くんにはしっかり見られていたのだ。
「気持ち悪くなんかねーよ。なんでまたそうやって自分のことを卑下しようとするんだよ」
彼は私をフォローしてくれる。その気持ちはありがたいけれど、
「卑下なんてしてないよ。だって本当に、私の絵は気持ち悪いって言われたから」
「誰に言われたんだよ、そんなこと」
遠野くんの声色が変わった。さっきよりも低い、凄みのある声。
きっと彼の中では、私が誰かにいじめられてそんなことを言われたのだと解釈したのだろう。
けれど実際は、お兄ちゃんからそれとなく言われただけだ。私の絵を見て、不可解そうな顔をして、率直な感想を言ったにすぎない。
私がどう答えたものかと悩んでいるうちに、遠野くんの方がまた先に口を開く。
「もしかして、それも兄貴に言われたのか?」
「え……?」
遠野くんは何かを確信したように、私の目を真っ直ぐに見て言う。
「前にさ、兄貴に口下手だって言われたのを気にしてただろ。絵が気持ち悪いって言ったのも、その兄貴なんじゃないのか?」
ずばり言い当てられて、私は言葉に詰まる。遠野くんのそれは、まるでお兄ちゃんのことを責めているようなニュアンスがあったから。
「た、確かに、そう言ったのはお兄ちゃんだけど。でもね、別に悪意とかがあったわけじゃないと思うよ。お兄ちゃんはいつも、周りをよく見て発言する人だから。きっと世間一般的に見ると、私の絵はヘンなんだと思う」
「一ノ瀬。それ、本気で言ってるのか?」
また、彼の声色が変わった。
今度はどこか、ショックを受けたときのような、少しだけ哀愁の混じった声。
「遠野くん?」
なんだか様子のおかしい彼を、私は恐る恐る見上げる。
すると彼は、今度は何かを思い出したように自分のカバンの中を漁り始めた。ガサガサと中身をかき混ぜる音だけが教室内に響く。
やがてカバンの中から取り出されたのは、一本のペットボトルだった。普段から遠野くんがよく飲んでいるスポーツ飲料水。私が生まれるずっと前から販売されている、有名な企業のもの。
「なあ一ノ瀬。昔、このロゴのところにさ、ウサギのキャラクターが描かれてたのを覚えてるよな?」
遠野くんはそう言って、ペットボトルの真ん中あたりを指で示す。
このロゴのすぐ隣には昔、ウサギのキャラクターが描かれていた——その記憶は、私の心を掻き乱すには十分だった。
「……そう、だね。確か、発売から三十周年記念とかで、期間限定でウサギが描かれてたっけ」
私は動揺を悟られまいと、口元に笑みを貼り付ける。
けれどその努力も、何でもお見通しの遠野くんの前では無意味だった。
「ここに描かれてた絵。デザインしたのは、一ノ瀬だろ? 三十周年のキャンペーンで、キャラクターのデザインを募集してて、それで選ばれたのは一ノ瀬だったよな。このウサギのキャラクターともそっくりだったし」



