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放課後になって部活が始まると、向田くんとハルカちゃんは体操着に身を包んで校舎を飛び出していった。グラウンドの奥の方では、陸上競技部のメンバーたちが大きな輪になって準備体操を始める。
その風景を、私は誰もいなくなった教室の窓から眺めていた。今日は日直で、部屋の鍵を閉めるのは私の役目。その特権を利用して、私は独り占めした教室の窓辺でぼんやりと外を見つめる。
遠目でも、あの二人の仲の良さはここまで伝わってくる。体操中も向田くんがハルカちゃんに何かを言って怒らせて、それを周りが茶化しているような雰囲気だった。
「いいなぁ……」
自然と、そんな声が漏れた。
あんな風に、お互いに何の遠慮もせず、ずっと楽しそうに笑い合っている二人の姿が、私にとってはとても眩しい。
「何がいいって?」
と、不意打ちで背後から声をかけられて、私は固まった。さっきまで教室には誰もいなかったのに。
慌てて振り返ると、そこにはいつのまにか遠野くんが立っていた。すらりと背の高い彼が、壁のように私の前にそびえる。
「とっ、遠野くん。いつのまに……?」
「今きたとこ。で、何が『いいなぁ』って言ってたんだ?」
「あっ、いやその。あの二人、いつも『仲が良いなぁ』って」
咄嗟に、そうやって誤魔化す。
遠野くんは同じように窓の外へ目をやると、「ああ、あいつらか」と納得していた。
「天江と向田って、本当に仲が良いよな。あれで付き合ってないって言うんだから、不思議としか思えない」
そんな彼の意見に、私は首がもげそうなほど頷く。本当に、あの二人はそれくらい仲が良くて距離も近いのだ。
「一ノ瀬も、天江と仲直りできて良かったな」
そう言って、彼はかすかな微笑みをこちらへ向けた。普段はあまり見ることのできない、彼の優しげな顔。その珍しい表情に、私は思わず見入ってしまう。
窓の外から入ってくる風が、私たちの髪を揺らす。
「……あ、うん。そうだね。私、ハルカちゃんと仲直りができて、本当に良かったと思ってる」
それもこれも、ぜんぶ遠野くんのおかげだ。私が一人で悩んでいたとき、助言をくれたのは彼だった。
彼がいなかったら私はずっと、うじうじと悩んでいるだけで仲直りなんてできなかったかもしれない。
遠野くんの存在が、日ごとに私の中で大きくなっていくのを感じる。
そう思うと、なんだか妙に意識してしまって落ち着かなくなる。
「とっ、ところで、遠野くんはどうしてここに? 何か忘れ物でもしたの?」
顔が熱い。もしかしたら赤くなってるかも。それを悟られたくなくて、私は顔を背けながら話題を変える。
「ああ、そうそう。一ノ瀬、これ落としただろ?」
そう言って遠野くんが差し出した手には、一枚のメモ用紙があった。手のひらサイズの真っ白な紙。そこにボールペンで走り書きした文字と、それからウサギの絵が描いてある。
「あっ……」
その絵は、間違いなく私のものだった。どうやら授業中に落書きしたのを落としてしまっていたらしい。
彼に、この絵を見られてしまった。
それを認識した瞬間、顔面がさらにカッと熱くなる。その熱さは、さっきと違って不快さが混じるものだった。
恥ずかしいものを見せてしまった。
脳裏では、お兄ちゃんの声がまるで呪いのように蘇る。
——何だそれ、気持ち悪いな。そんなのばっか描いてんのか?



