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 不可思議な現象が起こり始めてから、初めての週末を迎えた。

 向田くんとハルカちゃんは土曜日は部活の練習があるので、日曜日だけ四人で出掛けないかと誘ってくれた。
 けれど遠野くんは土日とも空手の練習試合があるらしく、結局この週末に集まる話は完全になくなった。

 私は特に予定もないので家でゆっくりしようかと思ったけれど、もうじき自分が死ぬかもしれないと思うと、なんとなく落ち着かなかった。

 お昼ご飯を食べた後、気晴らしに外へ出る。行き先は決めていなかったけれど、通学定期に少しだけ運賃をプラスして、街の中心地の方まで行ってみようと思った。
 そうして飛び乗った電車の窓から、空に立ち上る入道雲を見つめる。

 七月十七日まで、あと十日。もしも私たちの記憶通りに事故が起こるのなら、その日に私も死ぬ可能性があるのだ。
 なら、残された時間の中で、私がすべきことは一体何なのだろう。

 自分の部屋の整理とか、お世話になった人たちへの挨拶回り?
 あるいは貯めたお小遣いを全部使ってプチ豪遊でもしようか。

 色々と考えてはみたものの、どれも虚しく感じられた。
 私はもともと存在感の薄い人間だし、挨拶回りなんてしたところで、相手は微妙な気持ちになるだけだと思う。それに豪遊しようなんて言ったところで、特に趣味もない私が楽しめるものなんてほとんどない。

 なんとなく気持ちが沈んでいく中で、私は電車を降りた。
 JR三ノ宮(さんのみや)駅。この神戸の街で最も栄えている場所。駅の周りには大型商業施設やホテル、それから商店街や地下街もある。

 人通りの多い路上では、歌や楽器の演奏を披露する人もいる。おそらくはまだ無名の、夢を追う人たち。彼らの瞳が見つめる先には、きっと輝かしい未来がある。
 その姿が、私には眩しかった。誰もが自分のやりたいことに向かって、迷いながらも進んでいく。

 私には、そういうものが何もない。
 将来の夢もないし、親からも期待されていない。

「大丈夫ですか、真央」

 不意に、声が聞こえた。
 それは私のスマホから発せられたもので、画面を見ると、いつのまにかアプリが立ち上がっていた。真っ白なウサギの姿をしたキャラクターが、心配そうな顔でこちらを見ている。

「ラビ……? また勝手に開いちゃったんだね」

 ここのところ、アプリが勝手に立ち上がる現象が続いている。やっぱりサイバー攻撃の影響で不具合が出ているのだろうか。

「真央。先ほどからずっと溜め息を吐いていますが、何か悩んでいるのですか?」

 こうやってラビの方から質問してくるのも、最近の特徴だった。以前は私の方から話しかけない限り、特に話題を振ってくるようなこともなかったのに。

「悩んでる……のかな。うん。何を悩んでるのか、自分でもよくわかんないんだけど」

 自問自答するように、私はスマホのマイクに向かって話す。

「私、やりたいことって何もないんだよね。毎日なんとなく生きてて、将来の夢も目標もない。なのに、もうすぐ自分が死ぬかもって思ったら、少しだけ焦ってる自分がいるの。それって、なんだか変だよね」

 自分がどうしたいのかがわからない。
 けれど、心はなぜか焦っている。
 そのちぐはぐさが、胸の奥でずっとモヤモヤと渦を巻いている。