「弟?」
私を含めて、三人の声が重なった。
そういえば、遠野くんには弟がいるのだと前にも聞いたことがある。
「そういや遠野、ここで誰かと待ち合わせしてたとか言ってたよな。それって弟だったのか。じゃあさ、当日は別の場所に変更してもらうか、日にちを変えた方がいいんじゃないか? 兄弟で飯食いに行くぐらい、いつでもできるだろ」
私も向田くんと同意見だった。
もしかしたらお店の予約とかもしてるかもしれないけれど、当日まではまだ日にちがあるからキャンセルできるかもしれないし、何もわざわざあの日に限定する必要はないように思う。
けれど遠野くんは、
「弟とはもう、二年以上顔を合わせてない。親が離婚して、別居してるんだ。それに兄弟間でも色々あって……。だから、この日は変えられない。この機会を逃したら、もう二度と、俺はあいつに会えない気がするんだ」
弟と会いたい。
そう語る彼の横顔には、ほの暗い影がかかっていた。けれどその瞳の奥には、強い意思の色が宿っているようにも見えた。
さすがに、家族間の問題に部外者である私たちが口を挟むことはできない。
向田くんも、「まあ、無理にとは言わねーけど……」と微妙な声を漏らす。
その後も遠野くんの意思が変わることはないまま、やがて帰る時間になった。
夜道は危ないということで、向田くんはハルカちゃんを、遠野くんは私を家まで送ってくれることになった。
「バカなこと言ってるって思うか?」
最寄り駅を降りて住宅街を歩いているとき、いきなり遠野くんが聞いてきた。
何が、とは聞かなくても、私はわかっていた。
「わざわざ事故が起こるってわかってる日に、その現場まで行くんだ。自分でも何やってんだって思ってるよ」
彼はそう自虐風に言って苦笑する。
正直、私もその通りだと思った。事故の日まではまだ時間があって、今ならいくらだって予定の変更もできるのに、なぜあえてそれをしないのかと。
けれど彼にはきっと、それだけの事情があるのだ。家の問題と、それから兄弟の問題と。その内容を知らない私は、何も意見することができない。
せめて何があったのか訳を尋ねてみたいけれど、ただでさえ口下手な私が、デリケートな問題に首を突っ込む真似なんてできない——そんな私の思考を読み取ったかのように、
「弟もさ、空手やってるんだ」
と、まさかの遠野くんの方から話を切り出した。
私が顔を上げると、彼は道の先を遠く見つめたまま、記憶を思い起こすようにして静かに語る。
「俺の家、空手の道場なのは知ってるよな? 親父が師範でさ、正直、練習するには環境が整ってるんだよ。設備とか道具とか何でもあるし、親父が家にいる間はいつだって稽古をつけてもらえる。だから俺も弟も、同じ年代の生徒と比べれば成長は早い方だった。……ただ、弟は俺と違って、体格があんま良くなかったんだ。背も低めだし、筋肉もつきにくくて。能力的には何も問題なかったけど、周りの奴らはそんな弟のことをあきらかに見下してた。特に、兄である俺のことと比較して、出来損ないの弟だっていう風潮が蔓延してたんだ」



