真夏の観測者たち

 
 まさかのナンパだった。
 こういうのには慣れていない。
 断らなきゃ、と思うのに、変に緊張してしまって言葉が出てこない。

「えっと、その、私……」

「あー大丈夫、大丈夫! オレ奢るし。お金のこととかは気にしなくていいから」

「あ、いや、その」

 そうじゃなくて、と口にすることもできないまま、彼の腕が私の肩に回される。

「ほら行こ。美味しいお店知ってるからさ」

 ぐいっと無理やり後ろから押されて、体が勝手に前へと進んでしまう。男の人の力強さと強引さに、確かな恐怖心が芽生える。

 どうしよう。どうしよう。
 こういう時、何と言って断れば相手も諦めてくれるのだろう?

 きっとこの人は、私が大人しい性格をしていることを見抜いて声をかけてきたのだ。
 私ならきっと断れないから。気の弱そうな相手を選んでナンパをしたのだと思う。

 昔からそうだった。
 私は内気で、頼りなくて。何もできない子、というイメージを持たれている。
 そんな私が何を言ったところで、周りに影響を与えることなんてほとんどなかった。

 これがお兄ちゃんなら……。私と違って優秀なお兄ちゃんなら、いつどんな発言をしたって、周りの人は耳を傾けてくれるのに。

 目の前の男の人は、私の気持ちなんて微塵も興味がないようで、足を止めることなく私をどこかへと連れていく。

(嫌だ)

 胸の奥では嫌だと叫んでいるのに、私の口はうまく動いてくれない。
 素直な言葉が出てこない。
 まるで呪いにでもかかっているかのように、声は喉元で引っかかってしまう。

(助けて!)

 声にならない叫びを胸の奥で響かせた、そのとき。
 私の肩に回されていた手を、別の誰かが強引に引き剥がした。

「わっ! ……っと、何だ?」

 男の人はびっくりした様子で、自分の手首を掴んでいる相手の顔を見た。
 もちろん私も驚いて、その場に急に現れた人物に目を向ける。

 そこにいたのは、ひどく見覚えのある男の子だった。
 私と同じ高校の制服。毛先を遊ばせたツーブロックの髪。背は高めで、白いワイシャツから伸びる腕は引き締まった筋肉がついている。

「やめろよ。彼女、嫌がってるだろ」

 冷静な声でそう言った彼は、私のクラスメイトである遠野彼方くんだった。
 彼は相手の手首を掴んだまま、垂れ目がちな瞳でキッと鋭い視線を送る。

「な、何だよあんた。急に出てきて。手、放せって」

 ナンパの人はすぐさま遠野くんの手を振り払おうとしたけれど、思いのほか、掴まれた箇所はびくともしないようだった。
 えっ、と戸惑いの声を上げながら、見る見るうちに困惑した表情を浮かべる。