「……ごめん。ハルカちゃんの言う通りだと思う。私はもともと人と話すのが苦手で、自分の言葉に自信が持てなかったから、だから今まで何も話せなかったの」
ただの言い訳にしか聞こえないと思う。けれど、これが私の本音だった。
「でもね。これからは、自分の気持ちをちゃんと伝えようと思う。口下手だって言い訳せずに、思ったことを言葉にしたい。だから、これからもハルカちゃんといっぱい話したいの」
そう訴えかける私を、ハルカちゃんは疑わしげな目でじっと見つめてくる。そして、
「じゃあ聞くけどさ。真央、あんた本当は好きな人がいるでしょ」
「へっ?」
唐突に予想外の問いを投げかけられて、私はつい間抜けな声を漏らす。
(好きな人……って、恋愛の意味で好きな人ってこと?)
およそ私とは無縁のような話題だった。
質問の意図がわからず呆気に取られる私の前で、ハルカちゃんはなぜかさっきよりもムスッとした顔で拗ねたように唇を尖らせて言う。
「好きな人なんていないって、前に言ってたけどさ。本当はいるんでしょ。正直に答えてよ。真央、あんたも悠生のことが好きなんでしょ!?」
「ゆっ……?」
思いもよらぬ問いかけに、私は今度こそ目が回りそうだった。
「向田くん……のことが、好き? 私が?」
「そーだよ! あんた、悠生となんか良い感じになってたでしょ。一昨日の四時間目、体育の時間にさ。バドミントンで悠生とペア組んで、そのときに悠生から可愛いとか何とか言われて喜んでたじゃん!」
言われて、そういえばそんなこともあったっけ、と思い出す。
一昨日の四時間目。つまりハルカちゃんから無視をされ始める直前、体育の時間に私は向田くんとペアになった。誰と組むかは完全にランダムだったので、彼と一緒になったのは本当に偶然だった。
二人でラリーをしながら、向田くんは色々と私に話しかけてくれていたのを覚えている。もともと明るくてよく喋る人だし、女の子に対して甘い言葉を簡単にかけるようなイメージもあったから、私に対して可愛いなんて言ったのも彼の通常運転で、特に深い意味はないものとして受け取っていた。
けれどそれこそが、ハルカちゃんの誤解を生んでしまったらしい。
「えっと……。私、向田くんのことは友達として尊敬はしてるけど、恋愛の意味で好きとかそういう感情はないよ?」
「本当に? 嘘ついたりしてない?」
「うん。本当に」
向田くんはいつも明るくて、常にクラスの中心にいるような人だから、そういうところに憧れを感じたりすることはあるけれど、だからといって恋愛感情を抱いたことは一度もない。
むしろ、そういう感情を少しでも抱くとしたら……と考えたとき、一瞬だけ、別の男の子の顔が浮かんだ。
背が高くて、体は引き締まってて。垂れ目がちな瞳は、真っ直ぐな光を携えていて。
強さと優しさとを併せ持った彼の姿が、私の脳裏でぼんやりと像を結ぶ。
「……なんだ、そっか。じゃあ、全部あたしの勘違いだったってこと?」
そんなハルカちゃんの声で、私は我に返った。
見ると、彼女はヘナヘナとその場にしゃがみ込んで頭を抱えていた。
「……ハルカちゃん。もしかして、私にヤキモチを妬いてたの? 私が向田くんのことを好きなんだと勘違いして、それで怒ってたの?」
彼女は頭を抱えたまま、顔を上げようとしない。おそらくは図星なのだろう。
「なんじゃそりゃ」
と、急に後ろから声が届く。
私がびっくりして振り返ると、背後にはいつのまにか遠野くんが立っていた。
「おい一ノ瀬、怒っていいぞ。まさかこんなしょーもない理由で避けられてたなんてな。納得いかねーだろ」
「わ、悪かったってば! ていうか遠野は関係ないじゃん。盗み聞きすんな!」
呆れて毒を吐く遠野くんに、ハルカちゃんは顔を真っ赤にして吠える。
どうやら彼女はとんだ勘違いをしていたらしい。
これもきっと、私が普段から気持ちをセーブせずに話せていたら、最初から生まれなかった誤解なのだ。
(やっぱり、ハルカちゃんは向田くんのことが好きだったんだ)
いつも距離が近くて、まだ付き合っていないのが不思議なくらいの二人だけれど。いつか正式に結ばれる日が来ればいいなと、私は胸の奥でこっそりエールを送った。



