彼女が目の前にいる。私が話し出すのを待ってくれている。なら、この絶好の機会を逃す手はない。
私は一度深呼吸してから、彼女を真っ直ぐに見つめて言った。
「あのね、ハルカちゃん。私の話を聞いてほしいの」
昨日ラビと練習した会話。それを思い出しながら、私はたどたどしくも言葉を紡いでいく。
「ハルカちゃん、何か怒ってるんでしょ? もしかしたら、私が何かしちゃったのかもしれないけど……。でも私、鈍いからわからないの。ハルカちゃんがどうして怒ってるのか」
今の私の思いを、素直に伝える。私がいま何を考えていて、どうしたいのかを。
「私、ハルカちゃんの気持ちが知りたいの。だから教えて。どうして怒ってるのか、そのわけを私に話して」
「……あたしは話したくないから。それじゃ」
彼女は不機嫌そうに言って、ふいっと顔を逸らす。そのままこちらに背を向けて歩き出そうとする。
やっぱり、彼女は私と関わりたくないんだ。なら、これ以上私のワガママに付き合わせるのは気が引けてしまう。
けれど、
——力ずくでも引き留めて話せばいいだろ。
脳裏で、遠野くんの声がする。
無理やりにでも、ハルカちゃんを振り向かせろと。
彼の声に背中を押されて、私は思い直す。
そうだ。
ここで彼女を引き留めなきゃ、私はいつまで経っても話をすることすらできない。
——もし逃げられそうになっても、食いつけ。こっちの話を最後まで聞かせてやるまでは、絶対に放すな。
彼の声を思い出しながら、私は目の前のハルカちゃんへ手を伸ばす。そして彼女の左腕を、両手でしっかりと握りしめる。
「私の話は、まだ終わってない!」
自分でもびっくりするくらいの大きな声で、私は叫んだ。
これにはハルカちゃんも驚いたようで、メイクが施された大きな目をさらに大きくさせて、こちらを見る。
今までの私ならこんなこと、絶対にしなかった。相手が嫌だと言ったら、それで終わり。それ以上は無理に引き留めようとしなかったし、してはいけないと思っていた。
でも、それじゃだめなんだと思う。
自分の気持ちにフタをして、何も言葉にしなかったら、私のこの思いは誰にも伝わらない。
私はハルカちゃんと話がしたい。
ちゃんと正面からぶつかって、お互いを理解し合いたい。
「お願い、ハルカちゃん。私の話を聞いて。私、ハルカちゃんと話したいの。いまハルカちゃんが何を考えてるのかが知りたいの」
なおも食いついて放さない私に、彼女はようやく観念したように、
「どの口が言ってんの?」
と、半ば吐き捨てるように言った。
「この際言わせてもらうけどさ。真央は自分のこと何も話さないでしょ。いつもあたしばっかり喋って、真央はずっと聞いてばっかじゃん。正直、何考えてんのかわかんないの。なのに、こういうときだけ急に話し合おうとかさ、都合良すぎるんじゃないの?」
彼女がやっと吐き出したその言葉は、至極もっともだった。
私はいつも聞き役に徹して、自分の気持ちを表に出さなかった。そうした方が相手のためになると思い込んでいた。けれどそれが、逆に彼女を苛立たせる結果になっていたのだ。



