真夏の観測者たち

 
          ◯


 その日の授業がすべて終わると、ハルカちゃんと向田くんは二人で一緒に部活へ向かった。仲睦まじく冗談を言い合いながら遠くなっていくその背中を、私はひとり教室から見送る。

「一ノ瀬」

 背後から名前を呼ばれて振り向くと、そこには遠野くんの姿があった。背の高い彼を目の前にすると、なんだか壁がそびえているように見える。

「もう帰るんだろ? 駅まで一緒に行かないか?」

「え……」

 出し抜けにそんなお誘いをされて、私は固まった。
 あの一匹狼の遠野くんが、一緒に帰ろうと言ってくれている。

「嫌か?」

 つい呆気に取られて返事が遅れてしまった私は、慌てて答える。

「う、ううん! 一緒に帰ろ!」

 そう勢いのまま言ってしまってから、なんとなく気恥ずかしくなってくる。

 一緒に帰ろ、なんて。クラスの男の子に向かって言うなんて、私にとってはとても珍しいことだった。


          ◯


 校門を出ると、傾斜のきつい下り坂が続く。
 六甲山の斜面に食い込む形で広がる神戸の街は、急な坂道が多い。私たちの高校も、その坂を上らないとたどり着けない場所に建っている。

 行きは地獄だけれど、帰りは下り坂なので問題ない。道はまっすぐ駅の方まで続いていて、住宅の建ち並ぶ景色の向こうには青い海が広がっている。

「それで、天江とはまだ仲直りしてないのか?」

 セミの声に紛れて、隣を歩く遠野くんが言った。
 あまり触れられたくない話題だったけれど、はぐらかすわけにはいかない。私は俯きがちに「うん」と小さく答える。

「ケンカの原因って、何なんだ? まあ、答えたくないなら別にいいけど」

「……わからないの」

「は?」

 私の返答に、彼は間髪入れず怪訝な声を漏らす。

「わからない? って、どういうことだよ。理由もわからないのにケンカしてるのか?」

「たぶん、私が何かしちゃったんだと思う。ハルカちゃんを怒らせるようなこと」

 昨日のお昼休みから、急に私を避けるようになったハルカちゃん。それまではいつも通り、朝からたくさん話しかけてくれて、楽しそうに笑っていたのに。

「早く、謝らなきゃいけないよね。でも私、何て声をかけたらいいのかわからなくて……」

「違うな」

「え?」

 じゃり、とローファーの底を鳴らして、彼は私の前に立ち塞がった。
 彼の真っ直ぐな瞳が、私の顔を射抜く。坂道の途中なので、お互いの目線はちょうど平行になる。

「謝るんじゃなくて、まずは話し合うことが大事だろ。なんで怒ってるのか、天江に聞けよ。じゃなきゃ、一ノ瀬が悪いのかどうかもわからないじゃないか。もしかしたら、すげーどうでもいい理由かもしれないぞ」

 まずは話し合え、と彼は言う。
 確かにそうなのかもしれない。けれど、私は人と会話をするのが下手だから。こちらから話しかけたところで、嫌な顔をされるだけかもしれない。

「……ちゃんと話さなきゃって、私も思ってるけど。でも、ハルカちゃんは私のことを避けてるし。こっちの話を聞いてもらうのは難しいかも」

「なら、力ずくでも引き留めて話せばいいだろ。とにかくあいつの気持ちをまずは確かめろよ。理由もわからないのにただ謝るなんて、そんなの謝ってるうちに入らないし、むしろあいつの気持ちを無視してることになるんじゃないのか?」

 言われて、私はハッとする。

 ハルカちゃんの気持ちを無視している。
 考えてみればそうなのかもしれない。

 彼女がどうして怒っているのか、理由も聞かずにただ謝るなんて、それは彼女の心をないがしろにしていることになる。