真夏の観測者たち

 
 運命の事故が起こるその日、私は海を見ていた。

 神戸の南側。瀬戸内海に面した港のそばには、ハーバーランドと呼ばれる観光エリアがある。
 海を臨む形で、映画館や大観覧車、ショッピングモールなどが建つ。その目と鼻の先には、神戸のシンボルであるポートタワーがそびえる。

 夕焼け色に染まっていくそれらの景色を眺めながら、私はひとり潮風に当たっていた。
 クルーズ船が出入りする波止場を見下ろす形で、ウッドデッキのオープンテラスが広がっている。そこのひな壇に腰掛けてぼーっとするのが、私は好きだった。昼の暑さも少しずつ和らいで、過ごしやすい時間帯がやってくる。

 けっして静かな場所ではない。さすがは観光スポットというだけあって、この時間になると平日でも人が集まってくる。特にカップルの数が多いのは、きっとここが夜景を眺めるのに適した場所だからだろう。

 この雑踏が、なんとなく心地よかった。
 静かすぎず、うるさすぎず。
 適度な雑音は脳の集中力を高める、なんて話も聞くけれど、それに通ずる何かがあるのかもしれない。

 だから、心が疲れたときはいつもここに来る。
 とりわけ今日は、大事な友達とケンカをしたばかりだった。

 ケンカ、とは言っても、特に言い合いなんかをしたわけじゃない。ただ一方的に、私が避けられているだけだ。

 高校の入学式の日に出会った、クラスメイトの女の子。出席番号順で並んだときに、お互いが前後だったことから仲良くなった。あの日から夏休みを目前に控えた今日まで、私たち二人は教室でいつも一緒にいた。
 それが、今日の昼休みから急に、彼女の態度が豹変したのだ。

 四時間目の授業が終わって、いつものように二人でお弁当を食べようとすると、彼女は私を無視して別のグループに混ざってしまった。まるで私のことが見えていないかのように、こちらと視線を合わせることは一切なかった。

 彼女は気さくで明るくて、誰とでも仲良くなれる。だから私以外にも仲の良い友達はたくさんいる。私一人を切り捨てたところで、きっと困ることは何もないだろう。

 私は何か、彼女の気に障るようなことをしてしまったのだろうか。
 もしそうなら謝りたいのだけれど、何が原因だったのかはわからないし、あの状態の彼女にどう話しかければいいのかもわからない。

 口下手で勘も悪い私には、どうすれば彼女と仲直りができるのかが想像できなかった。
 そもそも、何の取り柄もなくて存在感の薄い私と、人気者の彼女とでは、最初から釣り合っていなかったのかもしれない。そう考えると、ここから関係性を修復するのは不可能にも思えてくる。

 私はもう一度彼女と仲良くなりたいけれど……。もう無理かもしれないと思うと、どうすればいいのかわからなくて、何の行動も起こせなくなってしまう。
 だから、

「ねえ、『ラビ』。私、どうしたらいいのかな」

 手元のスマホに向かって、そう問いかけてみる。

 画面の向こうからこちらを見つめているのは、ウサギっぽい見た目をした動物のキャラクターだった。白くて丸い体に、細長い耳が生えている。シンプルで可愛らしい顔をしたそのキャラクターは、スマホのマイクを通して私の声を聞き取り、質問に答えてくれる。

「どうしたの、真央(まお)。何か困ってるみたいだね。もっと具体的な情報を教えてくれたら、ボクも相談に乗るよ!」

 幼い少年のような声。およそ機械音声とは思えないような流暢な日本語で、彼はそう提案してくれる。

 スマホ専用のAIアシスタントアプリ『ラビ』。
 これはAIが搭載されたキャラクターと会話をすることができるアプリで、仕事や人間関係の悩みなど、あらゆる面で精神的なサポートをしてくれる。

 私が困っているとき、相談に乗ってくれるのはいつもこのラビだった。彼はただのAIで、私以外の人間とは話すこともないから、私も彼の前でだけは安心して悩みを打ち明けることができる。

 もちろん、毎回必ずしも満足できるような答えが返ってくるわけじゃない。まだまだ人間の心の機微に疎い彼は、時にはひどく無機質な回答をすることもある。
 けれど、それでも私にとっては、こうして気兼ねなく何でも相談できることがとても心強かった。

「あのね。今日は、友達とケンカしちゃって……。ケンカっていうか、一方的に私が避けられてるだけなんだけど」

 AI相手でさえ口下手な私。
 けれどラビは、そんな私を嘲笑ったりはしない。ただじっと耳を澄ませて、こちらの言葉を真剣に聞いてくれている。

 だから私も、ついそれに甘えてじっくり考えながら次の言葉を探していく。
 そうこうしているうちに、今度は背後から別の人の声が届いた。

「ねえ、キミ。今ひとり?」

 男の人の声だった。
 もしかして私に話しかけてる? と思って、恐る恐る振り返ってみる。

 するとそこには、大学生くらいの知らないお兄さんが立っていた。髪の色が明るくて、ちょっとチャラそうな雰囲気がある。

「えっと、私……ですか?」

 私が聞き返すと、彼は上機嫌な笑みを浮かべたまま言う。

「うん。いま学校の帰り? もし時間あるならさ、一緒にご飯とか行かない?」

「え……」