真夏の観測者たち

 
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 誰もいない階段の踊り場で、私たち三人は神妙な顔を向け合っていた。
 開け放された窓の外からはセミの声が聞こえてくる。ジワジワと肌から噴き出る汗は、暑さのせいなのか、それとも心理的要因のものなのかはわからない。

「なるほど。つまり……どういうことだ?」

 向田くんが言った。
 その感想はごもっともである。
 いま私たちの間で起きている事象を把握したところで、わけがわからない、という結論に達するのだ。

 遠野くんは私たち二人を交互に見て、難しい顔をしたまま言う。

「向田は昨日、天江が事故に遭ったって言ってたよな。けれど俺の記憶では、昨日事故に遭ったのは一ノ瀬だった。そして一ノ瀬は、俺が事故に遭ったと言っている。全員、別々の記憶を持ってるってことだ」

「待て待て、意味がわからないぞ。じゃあ、昨日のあれは何だったんだよ。オレは確かにこの目で、ハルカが事故に遭う瞬間を見たんだ」

 ハルカちゃんが事故に遭って、命を落とした——想像しただけでも寒気のする話だった。
 昨日、遠野くんが亡くなったと聞いたときもショックだったけれど、それがもしハルカちゃんだったとしても、私の心は耐えられる気がしない。

「って、ちょっと待てよ。じゃあハルカは今どうなってるんだ? 昨日の事故がなかったことになってるっていうなら、ハルカは無事だってことか!?」

「たぶん、そういうことになるんだろうな。先生も体調不良で休んでるだけだって言ってたし」

「ちょ、オレ電話かけてみるわ!」

 すぐさまスマホを取り出す向田くん。きっと彼も、昨日の事故のことでとても心を痛めていたのだろう。
 さっそく電話をかける彼を横目に、遠野くんは私にだけ聞こえる声で言う。

「電話、一ノ瀬がかけなくて良かったのか? 天江と仲良いだろ?」

 さすがは遠野くん。クラスメイトの交友関係もしっかり把握しているらしい。
 けれどそんな彼も、私が今ハルカちゃんから避けられている事実は知らないようだった。

「う、うん。でも大丈夫。向田くんもハルカちゃんと仲良いし」

 そう愛想笑いをする私を、遠野くんはじっと見つめてくる。なんだか、心の奥まで見透かされているような気がして落ち着かない。

「あ、もしもし。ハルカか!?」

 どうやら電話が繋がったらしい。
 三人で耳を澄ませてみると、スピーカーの向こうからは聞き慣れた高い声が届く。

「……え、悠生? その声、悠生なの?」

 ずびっ、と(はな)をすする音。風邪気味なのか、あるいは泣いているような鼻声だったけれど、その声は間違いなく、私たちのクラスメイトである天江ハルカちゃんだった。

「は、ハルカ……。なんだよ、無事だったのかよ……」

 心底ホッとしたように息を吐く向田くん。
 しかしそれも束の間、

「ど、どうなってるの? だって悠生、あんた昨日死んじゃったって……」

「は?」

 スピーカーの向こうから届いたその発言で、再びその場には緊張が走る。

 向田くんが死んだ、と彼女は言っている。

 おそらくは昨日の事故で。というのは、もはや私たちの間で共通認識となっていた。