ロイドがギルドを飛び出していった後、私はしばらくその場に座り込んでいた。床に散らばった依頼書が、まるで私の心の乱れを映しているかのようだ。
熱を帯びた頬を両手で覆い、私は深く息を吐き出した。なぜ、あんなことをしてしまったのだろう。一体、何が私を突き動かしたのか。
頭の中で、キスの瞬間のことが何度も繰り返される。彼の驚いた顔、唇に残る柔らかな感触、そして、逃げるように去っていった彼の背中。恥ずかしさ、後悔、そして、どうしようもない自己嫌悪が、私の心を激しく揺さぶる。
私は受付嬢だ。それも、最古参のベテラン。冷静で、常に公平な対応を心がけ、『冒険者に恋をしてはいけない』という不文律を、誰よりも強く自分に課してきたはずなのに。
あのモーリスの死以来、私は自分の感情に蓋をして生きてきたはずなのに。
「ルーシャさん、大丈夫?」
背後から、心配そうなセシリアの声が聞こえた。休憩を終えて戻ってきたのだろう。私は慌てて立ち上がり、床の依頼書を拾い集めるふりをした。こんな醜態を、後輩に見られるわけにはいかない。
「ええ、大丈夫よ。ちょっと脚立からバランスを崩してしまって」
震える声で、なんとか言い訳をひねり出す。セシリアは不審そうな顔をしていたが、それ以上は何も言わなかった。
私がまともに顔を合わせられなかったせいもあるだろう。彼女の視線が、やけに突き刺さるように感じられた。
その日の残りの業務は、まるで地獄だった。ロイドの顔が脳裏から離れず、彼のあの表情が私を苦しめる。
彼は、私のことをどう思っているだろう?
気持ち悪いと感じただろうか?
変な女だと、軽蔑しただろうか?
その思いが頭を巡るたび、胸に鉛が詰まったような重苦しさに襲われる。
家に帰ってからも、その問いは私を苛み続けた。ベッドに横になっても、眠れるはずがない。天井の染みを見つめながら、私はひたすら自問自答を繰り返した。
あのキスは、一体なんだったのか? 咄嗟の感情か? それとも、積もり積もった想いが、形になったものなのか?
私の心は、彼に強く惹かれている。それは、もう否定しようのない事実だった。
セシリアやステファニアにも見抜かれていたように、私の感情は隠しきれないほどに膨れ上がっていた。
彼の笑顔を見るたび、声を聞くたび、私の心は高鳴る。彼の安全を願わずにはいられない。彼が困っていると、助けてあげたくて仕方がない。それは、先輩としての義務感だけではない、もっと個人的で、深い感情だ。
モーリスの死以来、ずっと封印してきた「恋」という感情が、ロイドによって再び呼び起こされた。最初は、彼の純粋さに心が揺れただけだった。けれど、彼に何かを教え、彼の成長を見守るうちに、私の心は彼への愛しさで満たされていったのだ。
あのキスは、その感情が、もう抑えきれなくなった証拠だったのだろう。無意識のうちに、私の手が、私の心が、彼を求めてしまったのだ。
「私、ロイドのことが……好きなんだ」
声に出して、その言葉を呟いた。胸の奥にしまい込んでいた感情を、やっと言葉にできた。
その瞬間、私の全身を、言いようのない解放感が駆け巡った。認めるのが怖かったこの感情が、再び私を絶望の淵に突き落とすのではないかと恐れていた。
だが、もう逃れられない。そして、逃げる必要もないのだと悟った。
もちろん、彼を困惑させてしまったこと、受付嬢としての立場を忘れてしまったことへの後悔はあった。しかし、それらを凌駕するほど、ロイドへの強い想いが私の心を支配していた。
あのキスで、私は彼との関係を一歩進めてしまった。いや、一方的に踏み込んでしまったのだ。このまま曖昧な関係を続けることなどできない。彼に、私の本当の気持ちを伝えなければ。
もしかしたら、彼は私のことを嫌いになってしまったかもしれない。私の衝動的な行動に、引いてしまったかもしれない。
振られる可能性の方が、ずっと高いだろう。また、あのモーリスの時のような、胸が張り裂けそうな痛みと向き合うことになるかもしれない。その恐怖が、私の心に再び鎌首をもたげる。
だが、あのキスの後、彼が逃げるように去っていった彼の背中を思い出した。彼は、ただ恥ずかしそうにしていただけだった。嫌悪感を露わにしたわけではない。
もしかしたら、彼も、少しは私に何かを感じてくれているのかもしれない。そんな淡い期待が、私の心に小さな光を灯す。
このまま、彼が私のことを誤解したままにするのは嫌だ。あのキスは、私の彼に対する本気の気持ちの表れなのだと、伝えたい。たとえ結果がどうなろうと、自分の気持ちを彼に正直に伝えなければ、私はきっと後悔するだろう。
もう、過去の悲劇に囚われたまま、立ち止まっているわけにはいかない。私の人生は、あの日のモーリスの死で終わったわけではないのだ。私は、ロイドに出会い、再び「生きている」と実感している。この新たな感情を、私は大切にしたい。
朝日が、カーテンの隙間から差し込み始めた。夜の闇が去り、新たな一日が始まる。私の心の中で、決意が固まっていくのを感じた。
告白しよう。
あのキスが、私の心を突き動かした。これは、逃げ出せない運命なのだ。
彼が私のことをどう思っていようと、この抑えきれない想いを、正直に彼に伝えよう。例え、それがどんな結末を迎えるとしても。
私はベッドから起き上がり、窓辺へと向かった。朝焼けに染まる空が、私の心を照らす。不安がないわけではない。恐怖がないわけではない。けれど、それ以上に、ロイドへの想いが、私の背中を強く押していた。
決めた。
次、彼がギルドに来たら、必ずこの気持ちを伝える。
私の恋は、ここからが本当の始まりなのだ。
――――――――――――――――――――
お読みいただきありがとうございます!
次回の第12話「告白と回答」は明日18時頃更新です。
どうぞお楽しみに!
熱を帯びた頬を両手で覆い、私は深く息を吐き出した。なぜ、あんなことをしてしまったのだろう。一体、何が私を突き動かしたのか。
頭の中で、キスの瞬間のことが何度も繰り返される。彼の驚いた顔、唇に残る柔らかな感触、そして、逃げるように去っていった彼の背中。恥ずかしさ、後悔、そして、どうしようもない自己嫌悪が、私の心を激しく揺さぶる。
私は受付嬢だ。それも、最古参のベテラン。冷静で、常に公平な対応を心がけ、『冒険者に恋をしてはいけない』という不文律を、誰よりも強く自分に課してきたはずなのに。
あのモーリスの死以来、私は自分の感情に蓋をして生きてきたはずなのに。
「ルーシャさん、大丈夫?」
背後から、心配そうなセシリアの声が聞こえた。休憩を終えて戻ってきたのだろう。私は慌てて立ち上がり、床の依頼書を拾い集めるふりをした。こんな醜態を、後輩に見られるわけにはいかない。
「ええ、大丈夫よ。ちょっと脚立からバランスを崩してしまって」
震える声で、なんとか言い訳をひねり出す。セシリアは不審そうな顔をしていたが、それ以上は何も言わなかった。
私がまともに顔を合わせられなかったせいもあるだろう。彼女の視線が、やけに突き刺さるように感じられた。
その日の残りの業務は、まるで地獄だった。ロイドの顔が脳裏から離れず、彼のあの表情が私を苦しめる。
彼は、私のことをどう思っているだろう?
気持ち悪いと感じただろうか?
変な女だと、軽蔑しただろうか?
その思いが頭を巡るたび、胸に鉛が詰まったような重苦しさに襲われる。
家に帰ってからも、その問いは私を苛み続けた。ベッドに横になっても、眠れるはずがない。天井の染みを見つめながら、私はひたすら自問自答を繰り返した。
あのキスは、一体なんだったのか? 咄嗟の感情か? それとも、積もり積もった想いが、形になったものなのか?
私の心は、彼に強く惹かれている。それは、もう否定しようのない事実だった。
セシリアやステファニアにも見抜かれていたように、私の感情は隠しきれないほどに膨れ上がっていた。
彼の笑顔を見るたび、声を聞くたび、私の心は高鳴る。彼の安全を願わずにはいられない。彼が困っていると、助けてあげたくて仕方がない。それは、先輩としての義務感だけではない、もっと個人的で、深い感情だ。
モーリスの死以来、ずっと封印してきた「恋」という感情が、ロイドによって再び呼び起こされた。最初は、彼の純粋さに心が揺れただけだった。けれど、彼に何かを教え、彼の成長を見守るうちに、私の心は彼への愛しさで満たされていったのだ。
あのキスは、その感情が、もう抑えきれなくなった証拠だったのだろう。無意識のうちに、私の手が、私の心が、彼を求めてしまったのだ。
「私、ロイドのことが……好きなんだ」
声に出して、その言葉を呟いた。胸の奥にしまい込んでいた感情を、やっと言葉にできた。
その瞬間、私の全身を、言いようのない解放感が駆け巡った。認めるのが怖かったこの感情が、再び私を絶望の淵に突き落とすのではないかと恐れていた。
だが、もう逃れられない。そして、逃げる必要もないのだと悟った。
もちろん、彼を困惑させてしまったこと、受付嬢としての立場を忘れてしまったことへの後悔はあった。しかし、それらを凌駕するほど、ロイドへの強い想いが私の心を支配していた。
あのキスで、私は彼との関係を一歩進めてしまった。いや、一方的に踏み込んでしまったのだ。このまま曖昧な関係を続けることなどできない。彼に、私の本当の気持ちを伝えなければ。
もしかしたら、彼は私のことを嫌いになってしまったかもしれない。私の衝動的な行動に、引いてしまったかもしれない。
振られる可能性の方が、ずっと高いだろう。また、あのモーリスの時のような、胸が張り裂けそうな痛みと向き合うことになるかもしれない。その恐怖が、私の心に再び鎌首をもたげる。
だが、あのキスの後、彼が逃げるように去っていった彼の背中を思い出した。彼は、ただ恥ずかしそうにしていただけだった。嫌悪感を露わにしたわけではない。
もしかしたら、彼も、少しは私に何かを感じてくれているのかもしれない。そんな淡い期待が、私の心に小さな光を灯す。
このまま、彼が私のことを誤解したままにするのは嫌だ。あのキスは、私の彼に対する本気の気持ちの表れなのだと、伝えたい。たとえ結果がどうなろうと、自分の気持ちを彼に正直に伝えなければ、私はきっと後悔するだろう。
もう、過去の悲劇に囚われたまま、立ち止まっているわけにはいかない。私の人生は、あの日のモーリスの死で終わったわけではないのだ。私は、ロイドに出会い、再び「生きている」と実感している。この新たな感情を、私は大切にしたい。
朝日が、カーテンの隙間から差し込み始めた。夜の闇が去り、新たな一日が始まる。私の心の中で、決意が固まっていくのを感じた。
告白しよう。
あのキスが、私の心を突き動かした。これは、逃げ出せない運命なのだ。
彼が私のことをどう思っていようと、この抑えきれない想いを、正直に彼に伝えよう。例え、それがどんな結末を迎えるとしても。
私はベッドから起き上がり、窓辺へと向かった。朝焼けに染まる空が、私の心を照らす。不安がないわけではない。恐怖がないわけではない。けれど、それ以上に、ロイドへの想いが、私の背中を強く押していた。
決めた。
次、彼がギルドに来たら、必ずこの気持ちを伝える。
私の恋は、ここからが本当の始まりなのだ。
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次回の第12話「告白と回答」は明日18時頃更新です。
どうぞお楽しみに!



