パッと明るい光に辺り一面が包まれると、そこにはもう茂々とした緑の森はなく、妖の世界が広がっていた。
「ここは、どこ、、、?」
「ここは、幽世。現世とは隔絶された世界です。
ようこそいらっしゃいました。
歓迎いたします。」
私が放心していると、この人は私によくわからない説明をしてきた。
「すいません。幽世?現世ってなんですか?」
「そうですね〜。簡単に言うと、幽世とは神様や妖が住む世界。現世は人が住む世界って感じでしょうかね。」
「なる、ほど。なんとなくわかりました。」
そうして、私はこの世界が元の世界とは違うのだということをなんとなく感じ取った。
でも、なんで、、、
私は、生贄にされるんじゃなかったの?
「では、参りましょうか。」
「あっ、はい。」
そうして、私は思考の奥深くに入りながらも、その人の後ろについて何処かへ向かった。
*
「着きましたよ。」
「はい、、、」
何分か歩いていると、その人から到着したと言われた。
ハッとして顔を上げてみると、そこには大きなお屋敷があった。
木造建築に、とっても広い日本庭園のような庭が広がっていた。
「すごい、、、」
「ふふっ。ありがとうございます。
さて、居間へとご案内いたします。」
*
居間へと案内されている間、その人は廊下にいる人ならざる者たちからたくさん挨拶をされていた。
人気者なんだな、、、
「さあ、着きましたよ。」
「ありがとうございます。」
そう言われて中に入ってみると、そこにはとても趣深い部屋があった。
ところで、なんで私はここへ連れてこられたんだろう。
そして、この人はいったいだれなんだろう。
もう質問しても良いのかな、、、?
「疑問がいっぱい、って顔をしておりますね。
好奇心が多いのは良いことです。
さて、ではまずは自己紹介からいたしましょう。」
「はい。」
「まず、私から。
私は四神が一人朱雀の朱南と申します。
この国の主であり、管理と守護などをしています。」
「神様、、、」
「はい。
神様ですよ。」
この人、いいえ、朱南様は神様なのか、、、
その事実に私は驚愕されながらも、どこかで納得していた。
だって、こんなに神聖な空気のようなものを身にまとっている人は初めて見たもの。
「では、次はあなたの自己紹介をお願いします。
あと、なんであんなところにいたのかも教えてくれると嬉しいです。」
「はい、、、
私の名前は、聖といいます。
なぜあそこにいたのかと言うと、、、
生贄として、朱雀様に捧げられたからです。」
「それは、、、
とても大変だったでしょう。」
「いえ、慣れておりますので。
それに、これが私にとっての”普通”なのです。
私なんかを大切に思ってくれる人なんて、この世にいるかどうかすらわかりません、、、」
シーン
どうしよう。
なにか気にさわさるようなことでも言ってしまっただろうか、、、
私が、なにか失言をしてしまったのではないかと、心配になるくらいな静寂が続いた。
そうして、幾分かたった頃、突然朱南様が顔をバッ!とおあげになると、思っても見ないようなことをいい出した。
「それならば、私が聖の”普通”を変えましょう。
そのためには、まず、聖には私の伴侶になってください。」
「わかりました。伴侶ですね、、、
って、え?」
伴侶?
今、朱南様は伴侶になれとおっしゃたの、、、?
なんで、どうして、という思いが私のなかをかけめぐった。
私なんかが、このお方の伴侶になっていいはずがない。
だって、私はこの方に釣り合わない。
それこそ、月とスッポンのように見ればわかるほどにかけ離れた存在なのに、、、
そうして、私が思考の海に飛び込んでいると朱南様が私に『いいえ』と言わせる前に言ってきた。
「頷きましたね。
では、聖、あなたは私の伴侶です。
結婚式の準備にだいたい1ヶ月くらいかかるので、その間に私が聖の”普通”を幸せなものにしてみせますね!」
「お、お手柔らかにお願いします、、、」
私が返事をすると朱南様は、顔をほころばせて嬉しそうに笑った。
その笑顔に私は、胸が締め付けられるような感覚に陥った。
心のほんの片隅で、私の中の何かが変わる音が聞こえた気がした。
*
「聖様、おはようございます。
さぁ、お召し物をお換えいたしましょうね。」
「ありがとうございます、紅さん。」
「いえいえ。そういえば、聖様今日は——」
あの一件から1週間位たった頃、私はここでの生活にもなれてきた。
この人は紅さんと言って、朱南様の配下の一人らしい。
そして、紅さんは私の身の回りのお世話をしてくれている。
けれど、こんなこと一度もなかったから、どうしていいのか最初は戸惑った。
しかし、紅さんが私に優しく声をかけてくれるうちに”頼っていいんだ”とういことが少しわかった気がした。
心がポカポカするなぁ、、、
こんなことは初めてだ。
熱いお茶をかけられることも、なにかで罵られることもない、、、
これも全部朱南様のおかげなのかな。
「失礼しますね。」
そうして私が物思いにふけっていると、朱南様が突然現れた。
びっくりした。
今まさに朱南様のことを考えていたから、なんか照れくさいな。
「どうかされましたか?」
「聖、実はあなたにやってもらわねばならないことがありまして、、、」
「わかりました。」
私にやってほしいこと、、、
いったいなんだろう。
家の家事とかかな。
私なんかが、こんなところで休んでのんびりしていいはずがないから、きっと働けと言いに来たに違いないわ。
私がそう考えていると、朱南様はホッとしたように言った。
「よかった。
では、こちらに来てください。」
「はい。」
*
朱南様は私を何処かへ連れている間、会話はなかった。
どことなくソワソワしているような気がする。
気のせいかな、、、
そうして歩いていると、最初に連れてこられた居間にたどり着いた。
「こちらです。
入ってみてください。」
その言葉につられて、中にはいってみると私の想像とは全く違う光景が目の前に広がっていた。
「わぁ〜。
とってもキレイ、、、」
思わず私が感嘆の音をあげると、朱南様は満足そうな顔になった。
「喜んでもらえてよかった。
聖、あなたには婚礼の衣装の生地を選んでいただきたいのです。」
「衣装の生地ですか。
私は朱南様がお好きなもので構いません。
それよりも、私を呼び出したのは働かせるためではないのですか?」
「働かせる?
あなたを?
聖、そんなことをしなくても良いです。
もちろん、聖が働きたいというのなら場所は用意しましょう。
しかし、”働く”ということは強制されるものではないのですよ。
これは、自分のためにするものなのです。」
「自分のために、、、」
「はい、自分のためです。
強要されたところで、楽しくもありませんしね。」
そんなこと今まで考えたことがなかった。
”働く”ということは卑しい私が生きるためにしなければならないことだったから、、、
私は、働きたいのだろうか、、、
わからない、考えたこともなかったから、
パンッ
「この話は一旦終わりにして、早速聖が好きな生地を選んでいきましょうか!」
朱南様は、この場の空気を変えるように手を叩いた。
そうだ、とりあえず選ばないと。
でも、、、
「朱南様、私本当に、朱南様が選んだものでいいのです。
私の好みなど、お気になさらないでください。」
朱南様はその言葉に、どこかすねたようにそっぽを向いた。
「聖、、、
それは、あなたが、私との結婚を拒んでいるからですか?」
「い、いえ!
そんなことはないです。
けれど、私なんかが選んでも良いのでしょうか、、、」
「聖、私はあなたに選んでほしいのです。」
「朱南様、、、」
私が選ぶ、、、
本当に?
でも、朱南様が良いとおっしゃてくれた。
ここで、『なんでもいい』と答えたら朱南様を悲しませてしまうかもしれない、、、
それは、なんかやだな。
朱南様が悲しんでいると、私も悲しくなる。
対照的に喜んでいると、私まで嬉しい気持ちになる。
この気持ちはいったいなんなのだろう。
今までに感じたことがない、心が芯から暖かくなるような、、、
「聖?
どうかしましたか。」
ハッ
「い、いえ。
なんでもないです。」
「そうですか。
ならばよかった。」
あぁ、またこの顔だ。
どこか愛おしい人を見るような目でこちらを見つめてくる。
そんな人の期待を、私は裏切りたくない。
そんな思いで私は、一歩、踏み出した。
「朱南様、、、
生地選び、してもいいですか?」
「はい、はい!
もちろんです。」
「で、でも、その、、、
一緒にしませんか?」
その人は一瞬びっくりしたような顔をした後、花が咲いたように笑った。
「私で良ければ、喜んで。」
この笑顔を、これからもお側で見ていけたらなぁ。
って、私何を考えているの。
この方のおそばにこれからもいられる保証なんて、どこにもないのに、、、
きっと、私が可哀想に見えて御心が優しいから手を差し伸べてくれているにすぎない。
飽きたり、私の”普通”が変わってしまったらきっと捨てられるのでしょう。
それならばいっそのこと、、、
「聖、この生地なんてどうですか?
サラサラしていて、とても気持ちがいいですよ。」
ハッ
「、、、はい。
とても肌触りが良いですね。」
いけない。
今は、生地選びに集中しないと。
*
私達はそれから、意見を出し合いながらなんとか生地を選ぶことができた。
これから、仮縫いなどで忙しくなるらしい。
あと、装飾品はどうするのか聞いてみたのだけれど、それは代々伴侶の夫となるものが用意するということらしい。
そのことに、私は少し安心してしまった。
生地まで選ばせていただいて、さらには装飾品までとなると恐れ多くてどうにかなってしまいそうだったからだ。
ポソッ
「朱南様。いらっしゃらないのかな、、、」
「ふふふっ、聖様、朱雀様は業務の後来られるそうですよ。」
「あっ、ありがとうございます、、、」
私は、顔が真っ赤になっていくのが嫌でもわかった。
私、どうしてしまったのだろう。
ここ最近、何故か朱南様のことばかり考えてしまう。
それに、今も無意識に口に出してしまうくらい、、、
もしかしたら、私って朱南様のことが——
「聖、入りますね。」
「あっ、は、はい!」
「どうしました?
少し、顔が赤いような、、、」
朱南様は、私の顔が赤いのに気がつくと、私のおでこに顔をピタッとくっつけてきた。
私は、その行為にびっくりしすぎて固まってしまった。
「うん。
熱はありませんね。」
「はい、、、だいじょうぶです。」
私は、なるべく意識しないように返事をした。
それにしても、今日はなんの御用できてくれたのだろうか。
朱南様は、ここ最近忙しいのか、来る機会が減っていた。
来た頃は、少なくても2日に1回は来てくれていたのに、近頃は5日に1回会えるかどうかだ。
そう私が考えていると、朱南様は急に真剣な顔つきになり私に言った。
「聖、これから大切な話をします。
いいですね。」
「はい。わかりました。」
大事な話、、、
もしかして、私との婚約を破棄してほしいみたいなことだろうか。
それだったら、嫌だ。
けど、仕方ないと思っている自分もいる。
そんな考えで私の、思考が埋め尽くされた時朱南様は、私が思っても見ないことを言ってきた。
「実はですね、、、
聖との結婚には家族の了承が絶対なのですよ。
だから一度、現世にもどり了承だけを得て、帰還しようかと思いまして。」
「帰る、、、現世に。」
どうしよう、体の震えが止まらなくなってきた。
それになんか、冷や汗みたいなものもでてきた気がする。
また、あの恐怖が続くのかな、、、
もう嫌だよ、私はここの”普通”で生きていきたい。
そうしていると、朱南様が焦ったように私に抱きついてきた。
「聖!
大丈夫です。
私がいます、私が今度はあなたを守ります。」
「守る、、、?
今度は、、、、、?」
朱南様は何を言っているのだろう。
私と朱南様は、あの日あの場所で初めて会ったはずなのに、、、
私の頭の中が疑問でいっぱいになっていると、朱南様は意を決したように言った。
「実は、、、
私と聖は一度会ったことがあるのですよ。」
「会ったことがある、、、、」
「はい。
そうです。
覚えていませんか?
冬に、真紅の鳥を助けたことを、、、」
真紅の鳥、覚えている。
あれは私が、唯一役に立てた、よかったと自分の中で認められたことの一つだから、、、
でも、なんで朱南様がそのことを知っているのだろう。
「まさか、、、
あの真紅の鳥は、朱南様、なのですか、、、?」
「はい、そうです。
私は、あのとき思わぬ出来事により負傷していました。
しかし、ある女の子、聖が助けてくれたのです。
その時はお礼もできずに申し訳なかったです。
しかし、私はあの時、あなたのことを、、、
あなたのことを、好きになってしまったのです。」
朱南様はいま、なんと言った。
私が好き、、、っていったの?
本当に?
それなら、どんなに、どんなに嬉しいことなのだろう。
私が放心していると、朱南様は懺悔のようにかたった。
「そして、私はあなたが生贄になってそこにいたとき、不本意にも喜んでしまいました。
その後は、あなたを無理やり私の伴侶にして、、、
聖が私のことを好いてくれてないのは、わかっています。
でも、嫌いにならないでください。
自分本意なのはわかっています、けれど、あなたに嫌われたら、どうすれば良いのか、、、」
「待ってください!!」
私は、その言葉を聞いて、いても立ってもいられなくなった。
私の気持ちは私が、ちゃんと、言葉にしないと伝わらない。
わからない。
だから、せめて、私ができる範囲で伝えたい。
「私は、朱南様のことを嫌ってなどおりません。
反対に、朱南様は私のことを同情心から救ってくださったのだと思っていました。」
「そんなことは「ですが!」」
「私は、今の貴方様のお言葉を聞けて、とても、とても嬉しかった。
私も、最初はどうなるのかと思いました。
けれど、沢山の人の温かさに触れていくうちに、私の中の”普通”がかわっていきました。」
あぁ、大丈夫かな。
しかしがぼやけて、声もうまくでない。
「それは、紛れもなく朱南様のおかげです!
私は、そんなあなたのことを、お慕いしております。」
「聖、、、」
言えた。
私の言葉で、はっきりと伝えることができた。
朱南様は、私の好きな人だ。
「だからこそ、伝えます。
私は、すこし子供っぽくて、でも頼りがいがある、そんなあなたに恋をしました。
出会いはどうあれ、私はあなたのことが好きです。」
「聖!」
朱南様は感極まったように私に抱きついた。
わたしも、それに答えるように抱きしめかいした。
あぁ、幸せだ。
幸せは、こういう事を言うのかな、、、
*
あれから少し落ち着いた頃、私達は話を再開した。
でも、部屋に入ってきたときのような重々しい雰囲気はなく、そこにはただただ、あたたかい空気が流れていた。
「聖、もう一度いいます。
私とともに、家族への了承を貰いに行ってくれませんか。
もちろん、会いたくないというのなら、私一人でいきます。」
「いいえ、私もいきます。」
「、、、わかった。」
朱南様は、本当は私に行ってほしくないという顔をしていたが、ここで行かなければ、朱南様の伴侶と胸を張って言えない気がした。
だから、怖くても行こう。
お人形で、何も言えなくて、卑しかった、嫌いだった私をほんとうの意味で帰るために、、、
*
「いいですか、聖。
もしも、嫌になったらちゃんと隠さず言うのですよ。」
「はい。もちろんです。」
朱南様に少しの嘘をついてしまった。
本当はとっても恐い気持ちが大きい、きっと、朱南様が守ってくれるから大丈夫だと、安心できる。
「では、行きまでょうか。」
「はい。」
「我が名は四神が一人、朱南。
現世の門よ、我の問いに答え、開門せよ——」
そうして、私達は暖かい光に包まれながら現世へと舞い戻った——
*
眩い光から覚めるとそこは、私達が2度目に会った場所だった。
「わっ!」
「おっと、大丈夫ですか?」
恥ずかしい、、、
すこしコケてしまったみたいだ。
「はい、すいません、、、」
「ふふふっ、大したことはありませんよ。」
朱南様に聞いた話では、ここには現世と幽世をつなげる門みたいなものがあるらしい。
でも、人間が迷い込んだりしないのかな、、、
おもわず疑問に思って聞いてみると、意外な答えが帰ってきた。
「迷い込みませんよ。
この扉は、神と呼ばれるものしか開けることができませんから。
なので、妖や人間の出入りは基本的に無理ですね。
まぁ、例外として、神が認めたもの、招き入れたいものなら入れますけどね。」
「そうだったんですね。
だから、こんなところに隠しても平気なんですね。」
「そういうことです。」
私達は、木漏れ日があふれる木々の間を抜けながら私の家族のもとまでとやってきた。
それにしても、私はこのことをどうやって説明すればいいのだろう。
多分、お姉様やお義母様は私が死んだものだと思っていらっしゃるだろうし、、、
そう私が悩んでいると、朱南様が提案をしてきた。
「聖、あなたには3つの選択肢があります。」
3つの選択肢?
いったいなんだろう。
「まず1つ目、私だけがあなたの家族の元へいって、承諾を得る。
これは最も簡単であなたが傷つきません。
次に2つ目、私とあなた、2人で行って、承諾を得る。
これは、聖がなにかあっても、私が守ることができます。
最後に3つ目、聖、あなた1人で行く。
これは、あなたが傷つく可能性が一番高いですし、何より私が心配で仕方がないので、おすすめしません。」
「、、、3つ目の選択でお願いします。」
私が3つ目を選ぶと、朱南様は驚きに満ちた顔で、心配そうにいった。
「なぜ、と聞いてもいいですか。」
「はい、、、
それは、私が変わりたいからです。
私は、お姉様とお義母様に快く思われておりません。
それに、とても恐いです。
また、殴られるのではないかと、心配でもあります。」
「ならば、、、!」
「しかし、私は守られているばかりでは、朱南様の隣りに立つにはふさわしくありません。
ですので、見ていてください。
安心してください。
危なくなったら、叫ぶなり、暴れるなりしますので。」
こんなに行く先が地獄だとわかっているのに、清々しい気持ちになったのは初めてだった。
きっと、このお方が私にほんとうの意味での”感情”を教えてくれたからだろう。
やがて、朱南様は私が梃子でも意思を変えないとわかったのか、諦めたように言った。
「わかりました。
ただし、これはお守りとして持っていってください。
それがこの選択を選ぶ条件です。」
「これは、、、」
「私の羽根です。
少し守護の効果を付与しておきました。
なにかあったら私にもわかる寸法です。」
「わかりました。
大事に持っておきますね。」
そうすると、私達は一旦離れ、私は家の中へと入った。
*
、、、、ハハ、、、アハ、、ハハハッ、アハハハハッ!
私居間につながる通路を歩いていると、居間の中から笑い声が聞こえてきた。
「本当に、あのグズには感謝ですわ!
生贄にするだけで、こんなに金銀が入ってくるとは。
よくやりましたわね、愛凛。」
「はい、お母様。
お母様に認めてもらえるためなら、私はどんなことでもいたしましょう。」
「あぁ。いい子の愛凛。
あの卑しいことはやはり、違いますね。」
居間の通路で私が息を潜めて聞いていると、この人たちはさらに衝撃的なことを話した。
「ですが、生贄といっても、その実態は変態好色家に売り飛ばすために奴隷商人に売っただけなのですけどね。」
ど、れい、、、?
私は、朱南様に救われなかったら奴隷の身にまで落とされていたの。
しかも、一生を飼われて玩具にされながら、、、、
嘘、でしょ。
どうしよう、考えているだけで吐き気がしてきた。
薄々気づいてはいたけど、お姉様はお義母様に認めてもらうためなら、なんだってやる人なのだろう、、、
私が気持ち悪さと、悲しさで足がおぼつかなくなっていると、花瓶が置いてある机にぶつかってしまった。
ガタンッ
しまった、と思った時にはもう遅かった。
「だれ!」
「どうかしたの、愛凛。」
「いえ、だれか廊下にいるようでしたので、、、」
「見てきなさい。」
「わかりました。」
どうしよう、どうしよう、という焦りが私の体の中を巡った。
でも、フッと気がついた。
これは、好機だ。
私と、朱南様の結婚を認めてもらうための。
私は、私のこれからのために変わらなければならない。
だから、怯えずに、気丈に振る舞ってでもやろう。
「朱南様、力を貸してください、、、」
不思議と、朱南様からもらった羽根を額に当てると、すこしばかりの勇気が湧いてきた。
バンッ!!
「、、、あなた!
なぜここにいるの!?」
お姉様は私を見ると焦ったように言ってきた。
「お姉様、今日は私の婚姻の許しをもらいに参りました。」
そういうと、お姉様は嘲笑うかのように私に言い放った。
「なんだ、そういうこと。
それならいいわよ、好きにしなさい。
どうせ、飼いならされて洗脳でもされたのでしょうし。」
「ありがとうございます。
では、これにて失礼させていただきます。」
お姉様は私が、奴隷となり洗脳を受けてここまで来たのだと勘違いしたようだ。
しかし、それならば都合がいい。
そして、それとは別に私には、ある種の達成感のようなものがうまれていた。
私、お姉様と話せた。
それに、言葉がつっかえることも、しどろもどろになったりもしなかった。
前の私だったら、抑圧されていて話すことも返事しかできなかったのに。
少しはかわれたのかな、、、
そうだったら嬉しいな。
「待ちなさい。」
そう私が嬉しそうにしていると、お義母様とお姉様は何を思ったのか、私に行くなと言ってきた。
いったいなんだろう。
許可はもらったし、はやく朱南様に報告したいのだけれど、、、
「気が変わったわ、あんたは一生私達の奴隷となり生きていきなさい。」
「えっ、、、?」
この人たちは何を言っているのだろう。
私はもういらないのではなかったの。
なんで、なんで今さら、私を縛るようなことするの。
わからない、わかりたくもない。
そう私が感情でぐちゃぐちゃになっていると、お姉様の手が私の目の前まで伸びてきた。
私はその時咄嗟に、その手を跳ね除けてしまった。
パシッ
「いやっ!」
「、、、、へぇ。抵抗するのね。
それなら、躾をしなくてはね。」
「やめて、やめてください、、、!」
どうしよう、体が動かない。
わたしは、もう、変われないままなの、、、?
私がそう諦めたとき、その人は来た。
バサッ!
「朱南、様、、、?」
羽根が光ったと思うと、光がやんだあとそこには私が助けた真紅の鳥がいた。
その鳥は、お姉様から私を守るように少し離れた場所に降り立った。
「聖、大丈夫ですか。
すみません、少し遅くなりました。」
来てくれた。
その思いで私は安心しきってしまった。
「大丈夫です。
来てくれると信じていました。」
朱南様は私が助けてほしいときに隣りにいてくれる。
だから信じている。
私はあなたの伴侶なのだから。
私達が、お互い目線で語り合っていると、お姉様がとんてもないことをいい出した。
「なに、なになに!
なんでお前みたいなやつが、そんなきれいな人と一緒に、しかも抱き合っているの!?
ははっ、いいわ。
私に譲ってくれたら、許してあげる。」
以前の私ならば、お姉様がの言う通りにしていただろう。
しかし、今の私には朱南様もかわれた自分もいる。
だから、もう自分に”嘘”や偽りの”普通”ということをつきたくない。
「お姉様。
私は、これまでずっとあなたに従ってきました。」
「それなら「しかし」」
「私はこの方を譲る気はありませんし、何よりこの方はモノではありません。」
「生意気な、、、!」
バッ!
私が反論すると、お姉様は私を殴ってきた。
私が身構えていると、痛いはずなのに痛みが来なかった。
意を決して目を開けてみると、そこには、朱南様が異能によってお姉様を炎のうすで取り巻いている光景が広がっていた。
「話を聞いていればぬけぬけと、、、
聖が優しいから許していたものの、髪一本にでも触れたら容赦しない。」
「がっ、、、!
やめて、熱い、、、苦しい、、、」
私は朱南様が豹変してしまったことに踊りきながらも、恐いとは感じなかった。
なぜなら、その炎が私にはあたたかくも待ってくれるような気がしたからだ。
しかし、ハッとするとこの状況をまずいと思った。
朱南様を人殺しにしてはだめだ。
そんなことをしたら、私が私のことを許せなくなってしまう。
だから、私は極めて落ち着いた声で朱南様に語りかけた。
「朱南様、私は大丈夫です。
もう家に帰りましょう。
私、はやく朱南様と一緒にお茶をしたいです。」
「聖がそう言うなら、、、
わかりました、手はくださないことにします。」
シュゥ〜
異能によって作られた炎が消えていった。
良かった、これで朱南様を人殺しにしなくて住む、、、
そう思っていると朱南様はお姉様のもとにいき、髪をガっ!とつかんで、恐ろしく低い声で言い放った。
「おい、お前。
聖の優しさに感謝するのだな。
いいか、2度目はない。」
お姉様は、顔をぐちゃぐちゃにしたまま、放心したように言った。
「はい、、、わかりました。」
これで、終わったのかな、、、
よかった、なにはともあれ許可はもらったし、これで朱南様の伴侶になれる。
嬉しいな、、、
私が考えに浸ってると、朱南様が私に手を差し出してきた。
「では、聖。
帰りましょうか、私達の家へ。」
「はい!」
そうして、私達は家へと帰った。
この時私は感じていた。
もう、私はお人形なんかでも、奴隷でもないということを。
朱南様のそばには、ただただ幸せな”普通”が広がっていることに。
青々とした木々が私達のことを見守っているようだった——
「ここは、どこ、、、?」
「ここは、幽世。現世とは隔絶された世界です。
ようこそいらっしゃいました。
歓迎いたします。」
私が放心していると、この人は私によくわからない説明をしてきた。
「すいません。幽世?現世ってなんですか?」
「そうですね〜。簡単に言うと、幽世とは神様や妖が住む世界。現世は人が住む世界って感じでしょうかね。」
「なる、ほど。なんとなくわかりました。」
そうして、私はこの世界が元の世界とは違うのだということをなんとなく感じ取った。
でも、なんで、、、
私は、生贄にされるんじゃなかったの?
「では、参りましょうか。」
「あっ、はい。」
そうして、私は思考の奥深くに入りながらも、その人の後ろについて何処かへ向かった。
*
「着きましたよ。」
「はい、、、」
何分か歩いていると、その人から到着したと言われた。
ハッとして顔を上げてみると、そこには大きなお屋敷があった。
木造建築に、とっても広い日本庭園のような庭が広がっていた。
「すごい、、、」
「ふふっ。ありがとうございます。
さて、居間へとご案内いたします。」
*
居間へと案内されている間、その人は廊下にいる人ならざる者たちからたくさん挨拶をされていた。
人気者なんだな、、、
「さあ、着きましたよ。」
「ありがとうございます。」
そう言われて中に入ってみると、そこにはとても趣深い部屋があった。
ところで、なんで私はここへ連れてこられたんだろう。
そして、この人はいったいだれなんだろう。
もう質問しても良いのかな、、、?
「疑問がいっぱい、って顔をしておりますね。
好奇心が多いのは良いことです。
さて、ではまずは自己紹介からいたしましょう。」
「はい。」
「まず、私から。
私は四神が一人朱雀の朱南と申します。
この国の主であり、管理と守護などをしています。」
「神様、、、」
「はい。
神様ですよ。」
この人、いいえ、朱南様は神様なのか、、、
その事実に私は驚愕されながらも、どこかで納得していた。
だって、こんなに神聖な空気のようなものを身にまとっている人は初めて見たもの。
「では、次はあなたの自己紹介をお願いします。
あと、なんであんなところにいたのかも教えてくれると嬉しいです。」
「はい、、、
私の名前は、聖といいます。
なぜあそこにいたのかと言うと、、、
生贄として、朱雀様に捧げられたからです。」
「それは、、、
とても大変だったでしょう。」
「いえ、慣れておりますので。
それに、これが私にとっての”普通”なのです。
私なんかを大切に思ってくれる人なんて、この世にいるかどうかすらわかりません、、、」
シーン
どうしよう。
なにか気にさわさるようなことでも言ってしまっただろうか、、、
私が、なにか失言をしてしまったのではないかと、心配になるくらいな静寂が続いた。
そうして、幾分かたった頃、突然朱南様が顔をバッ!とおあげになると、思っても見ないようなことをいい出した。
「それならば、私が聖の”普通”を変えましょう。
そのためには、まず、聖には私の伴侶になってください。」
「わかりました。伴侶ですね、、、
って、え?」
伴侶?
今、朱南様は伴侶になれとおっしゃたの、、、?
なんで、どうして、という思いが私のなかをかけめぐった。
私なんかが、このお方の伴侶になっていいはずがない。
だって、私はこの方に釣り合わない。
それこそ、月とスッポンのように見ればわかるほどにかけ離れた存在なのに、、、
そうして、私が思考の海に飛び込んでいると朱南様が私に『いいえ』と言わせる前に言ってきた。
「頷きましたね。
では、聖、あなたは私の伴侶です。
結婚式の準備にだいたい1ヶ月くらいかかるので、その間に私が聖の”普通”を幸せなものにしてみせますね!」
「お、お手柔らかにお願いします、、、」
私が返事をすると朱南様は、顔をほころばせて嬉しそうに笑った。
その笑顔に私は、胸が締め付けられるような感覚に陥った。
心のほんの片隅で、私の中の何かが変わる音が聞こえた気がした。
*
「聖様、おはようございます。
さぁ、お召し物をお換えいたしましょうね。」
「ありがとうございます、紅さん。」
「いえいえ。そういえば、聖様今日は——」
あの一件から1週間位たった頃、私はここでの生活にもなれてきた。
この人は紅さんと言って、朱南様の配下の一人らしい。
そして、紅さんは私の身の回りのお世話をしてくれている。
けれど、こんなこと一度もなかったから、どうしていいのか最初は戸惑った。
しかし、紅さんが私に優しく声をかけてくれるうちに”頼っていいんだ”とういことが少しわかった気がした。
心がポカポカするなぁ、、、
こんなことは初めてだ。
熱いお茶をかけられることも、なにかで罵られることもない、、、
これも全部朱南様のおかげなのかな。
「失礼しますね。」
そうして私が物思いにふけっていると、朱南様が突然現れた。
びっくりした。
今まさに朱南様のことを考えていたから、なんか照れくさいな。
「どうかされましたか?」
「聖、実はあなたにやってもらわねばならないことがありまして、、、」
「わかりました。」
私にやってほしいこと、、、
いったいなんだろう。
家の家事とかかな。
私なんかが、こんなところで休んでのんびりしていいはずがないから、きっと働けと言いに来たに違いないわ。
私がそう考えていると、朱南様はホッとしたように言った。
「よかった。
では、こちらに来てください。」
「はい。」
*
朱南様は私を何処かへ連れている間、会話はなかった。
どことなくソワソワしているような気がする。
気のせいかな、、、
そうして歩いていると、最初に連れてこられた居間にたどり着いた。
「こちらです。
入ってみてください。」
その言葉につられて、中にはいってみると私の想像とは全く違う光景が目の前に広がっていた。
「わぁ〜。
とってもキレイ、、、」
思わず私が感嘆の音をあげると、朱南様は満足そうな顔になった。
「喜んでもらえてよかった。
聖、あなたには婚礼の衣装の生地を選んでいただきたいのです。」
「衣装の生地ですか。
私は朱南様がお好きなもので構いません。
それよりも、私を呼び出したのは働かせるためではないのですか?」
「働かせる?
あなたを?
聖、そんなことをしなくても良いです。
もちろん、聖が働きたいというのなら場所は用意しましょう。
しかし、”働く”ということは強制されるものではないのですよ。
これは、自分のためにするものなのです。」
「自分のために、、、」
「はい、自分のためです。
強要されたところで、楽しくもありませんしね。」
そんなこと今まで考えたことがなかった。
”働く”ということは卑しい私が生きるためにしなければならないことだったから、、、
私は、働きたいのだろうか、、、
わからない、考えたこともなかったから、
パンッ
「この話は一旦終わりにして、早速聖が好きな生地を選んでいきましょうか!」
朱南様は、この場の空気を変えるように手を叩いた。
そうだ、とりあえず選ばないと。
でも、、、
「朱南様、私本当に、朱南様が選んだものでいいのです。
私の好みなど、お気になさらないでください。」
朱南様はその言葉に、どこかすねたようにそっぽを向いた。
「聖、、、
それは、あなたが、私との結婚を拒んでいるからですか?」
「い、いえ!
そんなことはないです。
けれど、私なんかが選んでも良いのでしょうか、、、」
「聖、私はあなたに選んでほしいのです。」
「朱南様、、、」
私が選ぶ、、、
本当に?
でも、朱南様が良いとおっしゃてくれた。
ここで、『なんでもいい』と答えたら朱南様を悲しませてしまうかもしれない、、、
それは、なんかやだな。
朱南様が悲しんでいると、私も悲しくなる。
対照的に喜んでいると、私まで嬉しい気持ちになる。
この気持ちはいったいなんなのだろう。
今までに感じたことがない、心が芯から暖かくなるような、、、
「聖?
どうかしましたか。」
ハッ
「い、いえ。
なんでもないです。」
「そうですか。
ならばよかった。」
あぁ、またこの顔だ。
どこか愛おしい人を見るような目でこちらを見つめてくる。
そんな人の期待を、私は裏切りたくない。
そんな思いで私は、一歩、踏み出した。
「朱南様、、、
生地選び、してもいいですか?」
「はい、はい!
もちろんです。」
「で、でも、その、、、
一緒にしませんか?」
その人は一瞬びっくりしたような顔をした後、花が咲いたように笑った。
「私で良ければ、喜んで。」
この笑顔を、これからもお側で見ていけたらなぁ。
って、私何を考えているの。
この方のおそばにこれからもいられる保証なんて、どこにもないのに、、、
きっと、私が可哀想に見えて御心が優しいから手を差し伸べてくれているにすぎない。
飽きたり、私の”普通”が変わってしまったらきっと捨てられるのでしょう。
それならばいっそのこと、、、
「聖、この生地なんてどうですか?
サラサラしていて、とても気持ちがいいですよ。」
ハッ
「、、、はい。
とても肌触りが良いですね。」
いけない。
今は、生地選びに集中しないと。
*
私達はそれから、意見を出し合いながらなんとか生地を選ぶことができた。
これから、仮縫いなどで忙しくなるらしい。
あと、装飾品はどうするのか聞いてみたのだけれど、それは代々伴侶の夫となるものが用意するということらしい。
そのことに、私は少し安心してしまった。
生地まで選ばせていただいて、さらには装飾品までとなると恐れ多くてどうにかなってしまいそうだったからだ。
ポソッ
「朱南様。いらっしゃらないのかな、、、」
「ふふふっ、聖様、朱雀様は業務の後来られるそうですよ。」
「あっ、ありがとうございます、、、」
私は、顔が真っ赤になっていくのが嫌でもわかった。
私、どうしてしまったのだろう。
ここ最近、何故か朱南様のことばかり考えてしまう。
それに、今も無意識に口に出してしまうくらい、、、
もしかしたら、私って朱南様のことが——
「聖、入りますね。」
「あっ、は、はい!」
「どうしました?
少し、顔が赤いような、、、」
朱南様は、私の顔が赤いのに気がつくと、私のおでこに顔をピタッとくっつけてきた。
私は、その行為にびっくりしすぎて固まってしまった。
「うん。
熱はありませんね。」
「はい、、、だいじょうぶです。」
私は、なるべく意識しないように返事をした。
それにしても、今日はなんの御用できてくれたのだろうか。
朱南様は、ここ最近忙しいのか、来る機会が減っていた。
来た頃は、少なくても2日に1回は来てくれていたのに、近頃は5日に1回会えるかどうかだ。
そう私が考えていると、朱南様は急に真剣な顔つきになり私に言った。
「聖、これから大切な話をします。
いいですね。」
「はい。わかりました。」
大事な話、、、
もしかして、私との婚約を破棄してほしいみたいなことだろうか。
それだったら、嫌だ。
けど、仕方ないと思っている自分もいる。
そんな考えで私の、思考が埋め尽くされた時朱南様は、私が思っても見ないことを言ってきた。
「実はですね、、、
聖との結婚には家族の了承が絶対なのですよ。
だから一度、現世にもどり了承だけを得て、帰還しようかと思いまして。」
「帰る、、、現世に。」
どうしよう、体の震えが止まらなくなってきた。
それになんか、冷や汗みたいなものもでてきた気がする。
また、あの恐怖が続くのかな、、、
もう嫌だよ、私はここの”普通”で生きていきたい。
そうしていると、朱南様が焦ったように私に抱きついてきた。
「聖!
大丈夫です。
私がいます、私が今度はあなたを守ります。」
「守る、、、?
今度は、、、、、?」
朱南様は何を言っているのだろう。
私と朱南様は、あの日あの場所で初めて会ったはずなのに、、、
私の頭の中が疑問でいっぱいになっていると、朱南様は意を決したように言った。
「実は、、、
私と聖は一度会ったことがあるのですよ。」
「会ったことがある、、、、」
「はい。
そうです。
覚えていませんか?
冬に、真紅の鳥を助けたことを、、、」
真紅の鳥、覚えている。
あれは私が、唯一役に立てた、よかったと自分の中で認められたことの一つだから、、、
でも、なんで朱南様がそのことを知っているのだろう。
「まさか、、、
あの真紅の鳥は、朱南様、なのですか、、、?」
「はい、そうです。
私は、あのとき思わぬ出来事により負傷していました。
しかし、ある女の子、聖が助けてくれたのです。
その時はお礼もできずに申し訳なかったです。
しかし、私はあの時、あなたのことを、、、
あなたのことを、好きになってしまったのです。」
朱南様はいま、なんと言った。
私が好き、、、っていったの?
本当に?
それなら、どんなに、どんなに嬉しいことなのだろう。
私が放心していると、朱南様は懺悔のようにかたった。
「そして、私はあなたが生贄になってそこにいたとき、不本意にも喜んでしまいました。
その後は、あなたを無理やり私の伴侶にして、、、
聖が私のことを好いてくれてないのは、わかっています。
でも、嫌いにならないでください。
自分本意なのはわかっています、けれど、あなたに嫌われたら、どうすれば良いのか、、、」
「待ってください!!」
私は、その言葉を聞いて、いても立ってもいられなくなった。
私の気持ちは私が、ちゃんと、言葉にしないと伝わらない。
わからない。
だから、せめて、私ができる範囲で伝えたい。
「私は、朱南様のことを嫌ってなどおりません。
反対に、朱南様は私のことを同情心から救ってくださったのだと思っていました。」
「そんなことは「ですが!」」
「私は、今の貴方様のお言葉を聞けて、とても、とても嬉しかった。
私も、最初はどうなるのかと思いました。
けれど、沢山の人の温かさに触れていくうちに、私の中の”普通”がかわっていきました。」
あぁ、大丈夫かな。
しかしがぼやけて、声もうまくでない。
「それは、紛れもなく朱南様のおかげです!
私は、そんなあなたのことを、お慕いしております。」
「聖、、、」
言えた。
私の言葉で、はっきりと伝えることができた。
朱南様は、私の好きな人だ。
「だからこそ、伝えます。
私は、すこし子供っぽくて、でも頼りがいがある、そんなあなたに恋をしました。
出会いはどうあれ、私はあなたのことが好きです。」
「聖!」
朱南様は感極まったように私に抱きついた。
わたしも、それに答えるように抱きしめかいした。
あぁ、幸せだ。
幸せは、こういう事を言うのかな、、、
*
あれから少し落ち着いた頃、私達は話を再開した。
でも、部屋に入ってきたときのような重々しい雰囲気はなく、そこにはただただ、あたたかい空気が流れていた。
「聖、もう一度いいます。
私とともに、家族への了承を貰いに行ってくれませんか。
もちろん、会いたくないというのなら、私一人でいきます。」
「いいえ、私もいきます。」
「、、、わかった。」
朱南様は、本当は私に行ってほしくないという顔をしていたが、ここで行かなければ、朱南様の伴侶と胸を張って言えない気がした。
だから、怖くても行こう。
お人形で、何も言えなくて、卑しかった、嫌いだった私をほんとうの意味で帰るために、、、
*
「いいですか、聖。
もしも、嫌になったらちゃんと隠さず言うのですよ。」
「はい。もちろんです。」
朱南様に少しの嘘をついてしまった。
本当はとっても恐い気持ちが大きい、きっと、朱南様が守ってくれるから大丈夫だと、安心できる。
「では、行きまでょうか。」
「はい。」
「我が名は四神が一人、朱南。
現世の門よ、我の問いに答え、開門せよ——」
そうして、私達は暖かい光に包まれながら現世へと舞い戻った——
*
眩い光から覚めるとそこは、私達が2度目に会った場所だった。
「わっ!」
「おっと、大丈夫ですか?」
恥ずかしい、、、
すこしコケてしまったみたいだ。
「はい、すいません、、、」
「ふふふっ、大したことはありませんよ。」
朱南様に聞いた話では、ここには現世と幽世をつなげる門みたいなものがあるらしい。
でも、人間が迷い込んだりしないのかな、、、
おもわず疑問に思って聞いてみると、意外な答えが帰ってきた。
「迷い込みませんよ。
この扉は、神と呼ばれるものしか開けることができませんから。
なので、妖や人間の出入りは基本的に無理ですね。
まぁ、例外として、神が認めたもの、招き入れたいものなら入れますけどね。」
「そうだったんですね。
だから、こんなところに隠しても平気なんですね。」
「そういうことです。」
私達は、木漏れ日があふれる木々の間を抜けながら私の家族のもとまでとやってきた。
それにしても、私はこのことをどうやって説明すればいいのだろう。
多分、お姉様やお義母様は私が死んだものだと思っていらっしゃるだろうし、、、
そう私が悩んでいると、朱南様が提案をしてきた。
「聖、あなたには3つの選択肢があります。」
3つの選択肢?
いったいなんだろう。
「まず1つ目、私だけがあなたの家族の元へいって、承諾を得る。
これは最も簡単であなたが傷つきません。
次に2つ目、私とあなた、2人で行って、承諾を得る。
これは、聖がなにかあっても、私が守ることができます。
最後に3つ目、聖、あなた1人で行く。
これは、あなたが傷つく可能性が一番高いですし、何より私が心配で仕方がないので、おすすめしません。」
「、、、3つ目の選択でお願いします。」
私が3つ目を選ぶと、朱南様は驚きに満ちた顔で、心配そうにいった。
「なぜ、と聞いてもいいですか。」
「はい、、、
それは、私が変わりたいからです。
私は、お姉様とお義母様に快く思われておりません。
それに、とても恐いです。
また、殴られるのではないかと、心配でもあります。」
「ならば、、、!」
「しかし、私は守られているばかりでは、朱南様の隣りに立つにはふさわしくありません。
ですので、見ていてください。
安心してください。
危なくなったら、叫ぶなり、暴れるなりしますので。」
こんなに行く先が地獄だとわかっているのに、清々しい気持ちになったのは初めてだった。
きっと、このお方が私にほんとうの意味での”感情”を教えてくれたからだろう。
やがて、朱南様は私が梃子でも意思を変えないとわかったのか、諦めたように言った。
「わかりました。
ただし、これはお守りとして持っていってください。
それがこの選択を選ぶ条件です。」
「これは、、、」
「私の羽根です。
少し守護の効果を付与しておきました。
なにかあったら私にもわかる寸法です。」
「わかりました。
大事に持っておきますね。」
そうすると、私達は一旦離れ、私は家の中へと入った。
*
、、、、ハハ、、、アハ、、ハハハッ、アハハハハッ!
私居間につながる通路を歩いていると、居間の中から笑い声が聞こえてきた。
「本当に、あのグズには感謝ですわ!
生贄にするだけで、こんなに金銀が入ってくるとは。
よくやりましたわね、愛凛。」
「はい、お母様。
お母様に認めてもらえるためなら、私はどんなことでもいたしましょう。」
「あぁ。いい子の愛凛。
あの卑しいことはやはり、違いますね。」
居間の通路で私が息を潜めて聞いていると、この人たちはさらに衝撃的なことを話した。
「ですが、生贄といっても、その実態は変態好色家に売り飛ばすために奴隷商人に売っただけなのですけどね。」
ど、れい、、、?
私は、朱南様に救われなかったら奴隷の身にまで落とされていたの。
しかも、一生を飼われて玩具にされながら、、、、
嘘、でしょ。
どうしよう、考えているだけで吐き気がしてきた。
薄々気づいてはいたけど、お姉様はお義母様に認めてもらうためなら、なんだってやる人なのだろう、、、
私が気持ち悪さと、悲しさで足がおぼつかなくなっていると、花瓶が置いてある机にぶつかってしまった。
ガタンッ
しまった、と思った時にはもう遅かった。
「だれ!」
「どうかしたの、愛凛。」
「いえ、だれか廊下にいるようでしたので、、、」
「見てきなさい。」
「わかりました。」
どうしよう、どうしよう、という焦りが私の体の中を巡った。
でも、フッと気がついた。
これは、好機だ。
私と、朱南様の結婚を認めてもらうための。
私は、私のこれからのために変わらなければならない。
だから、怯えずに、気丈に振る舞ってでもやろう。
「朱南様、力を貸してください、、、」
不思議と、朱南様からもらった羽根を額に当てると、すこしばかりの勇気が湧いてきた。
バンッ!!
「、、、あなた!
なぜここにいるの!?」
お姉様は私を見ると焦ったように言ってきた。
「お姉様、今日は私の婚姻の許しをもらいに参りました。」
そういうと、お姉様は嘲笑うかのように私に言い放った。
「なんだ、そういうこと。
それならいいわよ、好きにしなさい。
どうせ、飼いならされて洗脳でもされたのでしょうし。」
「ありがとうございます。
では、これにて失礼させていただきます。」
お姉様は私が、奴隷となり洗脳を受けてここまで来たのだと勘違いしたようだ。
しかし、それならば都合がいい。
そして、それとは別に私には、ある種の達成感のようなものがうまれていた。
私、お姉様と話せた。
それに、言葉がつっかえることも、しどろもどろになったりもしなかった。
前の私だったら、抑圧されていて話すことも返事しかできなかったのに。
少しはかわれたのかな、、、
そうだったら嬉しいな。
「待ちなさい。」
そう私が嬉しそうにしていると、お義母様とお姉様は何を思ったのか、私に行くなと言ってきた。
いったいなんだろう。
許可はもらったし、はやく朱南様に報告したいのだけれど、、、
「気が変わったわ、あんたは一生私達の奴隷となり生きていきなさい。」
「えっ、、、?」
この人たちは何を言っているのだろう。
私はもういらないのではなかったの。
なんで、なんで今さら、私を縛るようなことするの。
わからない、わかりたくもない。
そう私が感情でぐちゃぐちゃになっていると、お姉様の手が私の目の前まで伸びてきた。
私はその時咄嗟に、その手を跳ね除けてしまった。
パシッ
「いやっ!」
「、、、、へぇ。抵抗するのね。
それなら、躾をしなくてはね。」
「やめて、やめてください、、、!」
どうしよう、体が動かない。
わたしは、もう、変われないままなの、、、?
私がそう諦めたとき、その人は来た。
バサッ!
「朱南、様、、、?」
羽根が光ったと思うと、光がやんだあとそこには私が助けた真紅の鳥がいた。
その鳥は、お姉様から私を守るように少し離れた場所に降り立った。
「聖、大丈夫ですか。
すみません、少し遅くなりました。」
来てくれた。
その思いで私は安心しきってしまった。
「大丈夫です。
来てくれると信じていました。」
朱南様は私が助けてほしいときに隣りにいてくれる。
だから信じている。
私はあなたの伴侶なのだから。
私達が、お互い目線で語り合っていると、お姉様がとんてもないことをいい出した。
「なに、なになに!
なんでお前みたいなやつが、そんなきれいな人と一緒に、しかも抱き合っているの!?
ははっ、いいわ。
私に譲ってくれたら、許してあげる。」
以前の私ならば、お姉様がの言う通りにしていただろう。
しかし、今の私には朱南様もかわれた自分もいる。
だから、もう自分に”嘘”や偽りの”普通”ということをつきたくない。
「お姉様。
私は、これまでずっとあなたに従ってきました。」
「それなら「しかし」」
「私はこの方を譲る気はありませんし、何よりこの方はモノではありません。」
「生意気な、、、!」
バッ!
私が反論すると、お姉様は私を殴ってきた。
私が身構えていると、痛いはずなのに痛みが来なかった。
意を決して目を開けてみると、そこには、朱南様が異能によってお姉様を炎のうすで取り巻いている光景が広がっていた。
「話を聞いていればぬけぬけと、、、
聖が優しいから許していたものの、髪一本にでも触れたら容赦しない。」
「がっ、、、!
やめて、熱い、、、苦しい、、、」
私は朱南様が豹変してしまったことに踊りきながらも、恐いとは感じなかった。
なぜなら、その炎が私にはあたたかくも待ってくれるような気がしたからだ。
しかし、ハッとするとこの状況をまずいと思った。
朱南様を人殺しにしてはだめだ。
そんなことをしたら、私が私のことを許せなくなってしまう。
だから、私は極めて落ち着いた声で朱南様に語りかけた。
「朱南様、私は大丈夫です。
もう家に帰りましょう。
私、はやく朱南様と一緒にお茶をしたいです。」
「聖がそう言うなら、、、
わかりました、手はくださないことにします。」
シュゥ〜
異能によって作られた炎が消えていった。
良かった、これで朱南様を人殺しにしなくて住む、、、
そう思っていると朱南様はお姉様のもとにいき、髪をガっ!とつかんで、恐ろしく低い声で言い放った。
「おい、お前。
聖の優しさに感謝するのだな。
いいか、2度目はない。」
お姉様は、顔をぐちゃぐちゃにしたまま、放心したように言った。
「はい、、、わかりました。」
これで、終わったのかな、、、
よかった、なにはともあれ許可はもらったし、これで朱南様の伴侶になれる。
嬉しいな、、、
私が考えに浸ってると、朱南様が私に手を差し出してきた。
「では、聖。
帰りましょうか、私達の家へ。」
「はい!」
そうして、私達は家へと帰った。
この時私は感じていた。
もう、私はお人形なんかでも、奴隷でもないということを。
朱南様のそばには、ただただ幸せな”普通”が広がっていることに。
青々とした木々が私達のことを見守っているようだった——



