ズゥゥゥン……
ズズズウゥゥン……
水野「────ッ。」
巨人がどんどん近付いてくる。
精霊「………。」
そしてその巨人は数歩こちらに近付いて来ると、突然その場で停止した。
水野「…?」
その時だった。
『────私を呼んだのは、貴方達か?』
水野「──ッ!!」
水野はハッと巨人の方を確認すると、そのまま勢いよく精霊の方を振り向いた。
水野「これって……!」
精霊「…エェ。」
精霊は、どこからともなく聞こえてくる声──巨人の声に応えるように大きな声で返答した。
精霊「───エェ!アナタヲヨンダノハワタシタチデス!」
巨人『──何の為に?』
巨人は意外にも、冷静で厚みのある声だった。
精霊もそれに応えるように反応する。
精霊「モクテキヲシルタメデス!───モクテキハ!?ナンノタメニ!?ドコヘムカッテイルノデスカ!?」
訳:(目的を知る為です!───目的は!?何の為に!?どこへ向かっているのですか!?)
巨人『………。』
水野「…ねぇ、これどうなってんの!?なんであの巨人の言ってる事が私たちに通じるわけ!?」
精霊「…ワタシノイッテイルコトガイマアナタニツウジテイルノトオナジコトデス。」
(…私の言っていることが今あなたに通じているのと同じ事です。)
精霊「サキホドホンブデワタシガレジオガルムニツイテハナシマシタネ?」
(先ほど本部で私がレジオガルムについて話しましたね?)
精霊「ドウヤラアノキョジンニモワタシトオナジヨウニ、イシヤゲンゴヲヘンカンサセルノウリョクガソナワッテイルヨウデス。」
(どうやらあの巨人にも私と同じように、意思や言語を変換させる能力が備わっているようです。)
巨人『同胞を…』
水野・精霊「!!」
巨人『同胞を…探している……。』
水野「同胞…仲間って事?」
巨人『同胞は……あちらにいる……。』
巨人はそう言うと南の方角を向いた。
巨人『あちらにいるのを…感じる……。』
精霊 (ソノホウガクカ…。)
(その方角か…。)
水野「…ねぇ、私たちもそっちに付いてっていい!?案内させて欲しいの!」
巨人『…………。』
巨人『構わぬ…。』
巨人は少し考えたかのように止まると、すぐに答えた。
水野「ありがとう!」
精霊「…ミズノサン、ワカッテルトハオモイマスガアイテヲシゲキスルヨウナコトハイワナイヨウキヲツケテクダサイ。アイテハタダノイッパンジンヤドウブツトハチガイマス。ナニガオコルカハワカリマセン。クレグレモ、キヲツケテ…。」
(…水野さん、分かってるとは思いますが相手を刺激するような事は言わないよう気をつけてください。相手はただの一般人や動物とは違います。何が起こるかはわかりません。くれぐれも、気を付けて…。)
水野「うん…。大丈夫…。」
これから歩き出す二人の視界には、堂々とそびえ立つ巨人が写し出されていた。
ズズズウゥゥゥン……。
クレイ「!」
ゼル「!」
停止していた巨人が再び動き出し、車で待機していたゼルとクレイも動き出す。
クレイ「動き出したな…。」
ゼル「あぁ…。」
ゼルがエンジンを掛けると、クレイは携帯を取り出した。
プルルルルル…
水野「!」
クレイ「私だ。そっちの状況はどうだ?」
水野「とりあえず巨人を案内する事になりました。」
クレイ「案内?」
水野「えぇ。どうやら巨人の仲間みたいなものがいるらしくて、それと合流する為に私たちも巨人について行くことになりました。それと、一つ頼み事があるんですけど…。」
水野は、他のマスコミが入れないよう先ほど巨人が指し示した南の方向を通行止めするようクレイに頼んだ。
クレイ「…わかった。直ぐに対処しよう。それと…。」
水野「?」
クレイ「大丈夫なのか?」
水野「…はい。今はまだはっきりとは言えませんが、危険では無さそうです。なんとなくですけど。」
クレイ「付いてなくて大丈夫か?」
水野「はい、大丈夫です。何かあればこちらからすぐに連絡するので。」
クレイ「そうか…。わかった。こちらも何か分かったらすぐに報告する。」
水野「はい。それでは。」
プツッと電話を切ると、水野は右を向いた。
巨人『…………。』
ズゥゥゥン……
ズズウゥゥゥン……
右には全長300mを越える青の巨人が、水野と同じ方向へ並走しているのがよく見える。
水野「………。」
水野は、ふと今自分の置かれている状況の希少さに言い知れぬ感情を抱いていた。
精霊「ドウホウヲ…ナカマヲミツケテ、ドウスルツモリ!?ナニヲスルツモリナノ!?」
巨人『……統合…。』
巨人は一言、そう呟いた。
精霊「トウゴウ…?」
巨人『我々はもとよりひとつの集合体であった。だが此方側へ来た時、同胞と分裂し、二つに分かれてしまったのだ。』
巨人『我々の目的はただ一つ。同胞をもう一度この胎内に取り込み、再び海へ還ること。それ以上の目的は存在しない。』
水野「海へ還るって…それだけ?一つになって…もっと、何か無いの!?戦うためとか、何とか!」
巨人『争いや闘争など…我々にそのような意思はない。我々にあるのは統合…。実体の統合…それだけだ。』
水野「………。」
ブロロロロ…
ゼル「ッたくよォ。」
小さな川を跨ぐ人道橋を車でゆっくり進みながら、ゼルが怠そうにハンドルを動かしている。
ゼル「動き出してもおっせェし、なに話してるかは分かんねーし…アイツ、大丈夫なんだろーなァ?」
クレイ「大丈夫だ。何かあったら連絡が来るようになっている。…それよりお前、車の免許持ってたのか?」
ゼル「あ!?持ってるに決まってんだろーが!!」
水野「…そういえば、さっきから貴方はずっと自分の事を『我々』って言ってるけど、それってやっぱり貴方の中に何人かいるって事?」
巨人『…我々は一つの集合体だ。元は『千』、『億』、『京』の物質から成り立っている。』
精霊「カレノコエハ…イエ。カレラノコエハ、カレラガコノウミニアラワレタトキカラスデニキコエテイマシタ。」
(彼の声は…いえ。彼等の声は、彼等がこの海に現れたときから既に聞こえていました。)
水野「だからあの時…。」
…
水野「えっ!?い、行くってどこに──。」
精霊「カレノトコロデス。イエ、『カレラ』、トイッタホウガ、タダシイカモシレマセン。」
(彼の所です。いえ、『彼等』、と言った方が、正しいかもしれません。)
…
水野 (『彼等』って呼んだんだ…。)
水野は興味本位で聞いてみた。
水野「ねぇ。貴方は目標とか、したい事ってないの?」
巨人『……。』
巨人『目標、とは何だ。』
水野「うーん…。例えば、何の為に生きてる…とか、これが無ければ生きていけない…とか?」
巨人『……。』
巨人『…そんな物はない。我々が望むのは…共存。その一つだけだ。』
巨人『幸福や…不安など…我々にそのような感情は含まれていない。』
水野「そっか…。そうなんだ…。」
水野「羨ましいな…。」
巨人『……羨ましい?羨望という事か?』
水野「うん…。感情が無いって言うことは傷ついたり、不幸に思わなくていいって事でしょ?」
水野「私は…怖くなっちゃう。」
水野「一人でいるのは虚しいからって…寂しいからって…。それで誰かを求めたとしても、傷付くだけかもしれない。だからと言って何かに溢れていたとしても、それは結局形だけで…。皆んな自分の『形』を守っているだけで、いつかは失くなってしまうかもって、自分の中で不安になる。」
水野「そのうち何も信じられなくなって…。」
水野「期待しなくなって…。」
水野「感情なんて…やっぱり要らないんだと思う…。」
巨人『……』
巨人『…本当にそうだろうか』
水野「!?」
巨人『…私は寧ろ、感情を持つ生き物を羨ましく思う。』
巨人『感情を持たぬと言うことは、全てに対して何かを感じることが出来なくなるという事ではない。感情を持たぬと言うことは、全てに対して『その本質について考えることが出来なくなる』と言う事だ。』
巨人『美しい物を見ても美しいと思えず、素晴らしい物を見ても素晴らしいと思えなくなる。その事の本当の恐怖は、美しいと思えなくなったり素晴らしいと思えなくなったりする事では無い。何故美しいのか、何故素晴らしいのかと、その物について考える事が出来なくなってしまう事なのだ。』
巨人『確かに、感情が無くなれば不安を覚えたり不幸に感じたりする事も無いのだろう。しかしそれは、喜びもそのうち感じなくなると言うことだ。全てが同じように見えて、期待も、不安も感じなくなるという事だ。』
巨人『何の変化も無い、ただ冷たく、淡々と時間だけが過ぎていく。』
巨人『それを人は、はじめて『寂しい』と言うのではないのだろうか。』
水野「…………。」
…
八城「………。」
ゴゴオオオオォォォ…………
ESTの職員と交代になり、さらに離れたところで巨人を見る事になった八城。遠くで大きく唸っている"青の巨人"を見て、八城は言葉に出来ない感情を抱いていた。
一作「…あ!ここに居たんですか〜~!先輩。」
一作「…?どうしました?」
反応する事もなくただ静かに巨人を見つめている八城に対して、不思議に思った一作は問い掛けてみる。
八城「…いや、なんて言うかなぁ」
八城「……。」
八城「俺達とは、住んでる世界が違ェんだなぁと思ってよ」
八城の脳裏には先ほどすれ違った水野の事や、クレイ達の事が浮かび上がってきていた。
八城「………。」
少し止まったかと思うと、遠くの巨人を眺めながら八城が小さく呟いた。
八城「…俺、記者にでもなろうかな」
一作「なッ、急に何言ってるんですか!?」
…
巨人『…ミズノ、と言ったか』
水野「!」
水野「……あ、はい!」
巨人『私は、ミズノを羨ましく思う。』
巨人『葛藤も、不安も、消えればいずれは楽になるのであろう。』
水野「……。」
巨人『だが忘れないでいて欲しい…。いつかはその不安に悩む日々が…大きな財産になる事を…。』
ズズウゥゥン……
ズズ……
水野「!」
巨人の足が止まったかと思われた次の瞬間、巨人の体が青く発光し始めた。
オオオォォォォ……
人型だった巨人の体はさらに大きさを増していき、模様や背びれが足されていく。
巨人『………。』
水野「これって…」
精霊「…エェ。」
精霊「ドウヤラ、ナカマトデアエタヨウデスネ。」
(どうやら、仲間と出会えたようですね。)
巨人『……………。』
オオォォォォォ……
リポーター『見て下さい!ここからではあまりよく見えませんが、巨人の体に変化が起きたようです!体が青く光っています!』
巨人『……。』
巨人『………さらばだ。水野』
水野「!」
精霊「………。」
巨人『我々は、元の場所に還らなければならない。』
水野「…戻るんだね。元いた場所に。」
巨人『そうだ。…忘れるな、水野。』
巨人『いつかは、その不安も受け入れられるようになる日がきっとくる。だからその時まで…。』
巨人『愛するのだ…自分を…。』
巨人『不安を…。』
巨人『葛藤を…。』
巨人『そうすれば…いつか必ず、自分を許せる日がやって来る…。』
巨人『だから、その時まで…。』
巨人『忘れるな…。』
体の三分の一ほど海に沈んだかと思ったら、巨人はそのまま背後の海へ倒れ込んだ。
ザッバアァァァァァァッッ!!
リポーター『何でしょうか!?突然巨人が海に向かって倒れ込みました!一体何が起きているのでしょうか!?……』
青く発光した巨人はそのまま海の奥深くへと沈んでいく。やがて水面の光が水色にぼやけ段々と滲んでいくと、海はいつもの姿へと戻って行った。
水野「…………。」
精霊「ミズノ…。」
水野「うん…。終わったんだよね…。」
巨人が海に還った後も、水野はしばらくその場に立ち尽くしていた。
気付けば、二人を橙色の光が照らしていた。
精霊「……ココニキテカラ、シバラクカンガエテイマシタ。」
(……ここに来てから、しばらく考えていました。)
精霊「コノホシニキテカラノワタシト、ソウデナイワタシ。」
(この星に来てからの私と、そうでない私。)
水野「……。」
精霊「レジオガルムノナヲステルワケデハアリマセン。」
(レジオガルムの名を捨てる訳ではありません。)
精霊「…デスガ、サイショハアナタニヨンデホシイノデス。」
(…ですが、最初はあなたに呼んで欲しいのです。)
水野は、何となく精霊が何について話しているのか既に分かっていた。
水野「……なんて呼んで欲しいの?」
精霊「…フェリア。ソウヨンデクダサイ。」
(…フェリア。そう呼んでください。)
水野「フェリア…。」
水野「…うん。良いと思う。」
フェリア「ミズノ……。」
フェリア「……アリガトウ。」
そう言うと、少し離れた坂の方からゼルの呼ぶ声が聞こえてきた。
ゼル「おーーーーい!!水野ーーーー!!!!」
フェリア「…イキマショウ。ミンナガマッテイマス。」
(…行きましょう。皆が待っています。)
水野「…うん!」
夕焼けに照らされた海岸、水野は二人の待つ坂上に向かって走っていった。

